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日暮硯 / 『日暮硯』苦しめる意図はないと語る

公。「其方、左樣に苦しく存候や」とお尋ねあり、「殊の外苦しく御座候」と申上候へば、「然らば出でよ、其方を苦しめて我れ慰みにする所存はなし、是へ參れ、申し聞かすることあり、次の者も、皆是へ出で聞くべし、扨て其方もよく了簡して見よ、其方屋敷にて、平生住居する所、隨分廣く、十疊敷、或は八疊敷、六疊敷なるべし、其の六疊敷の居間より見れば、籠の內は少しは狹けれども、三疊敷あれば狹しともいはれまじ、其の上、外に仕事さするにあらず、大小便の節は外へ出し、山海の珍味は望み次第に喰はすなり、何にても難儀なることはこれなき筈なるに、出すことならぬといへば苦しがりて、泪を流し、訴訟するにあらずや、况んや鳥類は、天地の間を住家とし、虛空を自由に翔け廻り、心のままに食物を求むる者なり、それを小さき籠の內へ入れ、此方にて種々に心を盡し、物をくれても相應するや否や知れず、定めて知るとも、彼等の苦患は其方が難儀に思ふよりも、何百倍增して苦しきとも計り難し、イカニ鳥類なればとて、彼を苦しめて我が慰みになるべきや、よく〱合點すべし。去り乍ら、斯く言聞けては、其の方も面眉を闘さて、殘念千萬と思ふべけれども、然らず、其の譯は、其方忠義なる者にて、平生よく奉公し、何にも惡しきことなけれども不圖心得違ひにて、我に飼鳥をすゝめたる者なり。世間の上下、ともに惣じて飼鳥することなれば、惡しきことゝ氣の付かざるは尤もなることなり、然らば最初に此の趣を申し聞かすれば、其方は合點すべきことなれども、夫にては汝が忠義も顯はれず、第一我が嗜みの爲にならず、人の心は替るものにて、今日斯くの如くなれども、明日はしれぬものなり。

新字:公。「其方、左様に苦しく存候や」とお尋ねあり、「殊の外苦しく御座候」と申上候へば、「然らば出でよ、其方を苦しめて我れ慰みにする所存はなし、是へ参れ、申し聞かすることあり、次の者も、皆是へ出で聞くべし、扨て其方もよく了簡して見よ、其方屋敷にて、平生住居する所、随分広く、十畳敷、或は八畳敷、六畳敷なるべし、其の六畳敷の居間より見れば、籠の内は少しは狭けれども、三畳敷あれば狭しともいはれまじ、其の上、外に仕事さするにあらず、大小便の節は外へ出し、山海の珍味は望み次第に喰はすなり、何にても難儀なることはこれなき筈なるに、出すことならぬといへば苦しがりて、泪を流し、訴訟するにあらずや、況んや鳥類は、天地の間を住家とし、虚空を自由に翔け廻り、心のままに食物を求むる者なり、それを小さき籠の内へ入れ、此方にて種々に心を尽し、物をくれても相応するや否や知れず、定めて知るとも、彼等の苦患は其方が難儀に思ふよりも、何百倍增して苦しきとも計り難し、イカニ鳥類なればとて、彼を苦しめて我が慰みになるべきや、よく〱合点すべし。去り乍ら、斯く言聞けては、其の方も面眉を闘さて、残念千万と思ふべけれども、然らず、其の訳は、其方忠義なる者にて、平生よく奉公し、何にも悪しきことなけれども不図心得違ひにて、我に飼鳥をすゝめたる者なり。世間の上下、ともに惣じて飼鳥することなれば、悪しきことゝ気の付かざるは尤もなることなり、然らば最初に此の趣を申し聞かすれば、其方は合点すべきことなれども、夫にては汝が忠義も顕はれず、第一我が嗜みの為にならず、人の心は替るものにて、今日斯くの如くなれども、明日はしれぬものなり。

書き下し

公。「其方、左樣に苦しく存候や」とお尋ねあり、「殊の外苦しく御座候」と申上候へば、「然らば出でよ、其方を苦しめて我れ慰みにする所存はなし、是へ參れ、申し聞かすることあり、次の者も、皆是へ出で聞くべし、扨て其方もよく了簡して見よ、其方屋敷にて、平生住居する所、隨分廣く、十疊敷、或は八疊敷、六疊敷なるべし、其の六疊敷の居間より見れば、籠の內は少しは狹けれども、三疊敷あれば狹しともいはれまじ、其の上、外に仕事さするにあらず、大小便の節は外へ出し、山海の珍味は望み次第に喰はすなり、何にても難儀なることはこれなき筈なるに、出すことならぬといへば苦しがりて、泪を流し、訴訟するにあらずや、况んや鳥類は、天地の間を住家とし、虛空を自由に翔け廻り、心のままに食物を求むる者なり、それを小さき籠の內へ入れ、此方にて種々に心を盡し、物をくれても相應するや否や知れず、定めて知るとも、彼等の苦患は其方が難儀に思ふよりも、何百倍增して苦しきとも計り難し、イカニ鳥類なればとて、彼を苦しめて我が慰みになるべきや、よく〱合點すべし。去り乍ら、斯く言聞けては、其の方も面眉を闘さて、殘念千萬と思ふべけれども、然らず、其の譯は、其方忠義なる者にて、平生よく奉公し、何にも惡しきことなけれども不圖心得違ひにて、我に飼鳥をすゝめたる者なり。世間の上下、ともに惣じて飼鳥することなれば、惡しきことゝ氣の付かざるは尤もなることなり、然らば最初に此の趣を申し聞かすれば、其方は合點すべきことなれども、夫にては汝が忠義も顯はれず、第一我が嗜みの爲にならず、人の心は替るものにて、今日斯くの如くなれども、明日はしれぬものなり。

現代語訳

公は「そなたは、そのように苦しく思うか」とお尋ねになり、「ことのほか苦しゅうございます」と申し上げると、「それなら出よ。そなたを苦しめて私が慰みにするつもりはない。ここへ参れ。申し聞かせることがある。次の者も皆ここへ出て聞くがよい。さて、そなたもよく考えてみよ。そなたの屋敷で普段住んでいる所は、ずいぶん広く、十畳か八畳か六畳であろう。その六畳の居間から見れば、籠の中は少し狭いけれども、三畳あれば狭いとも言えまい。そのうえ、外で仕事をさせるわけでもなく、大小便のときは外へ出し、山海の珍味は望み次第に食べさせるのだ。何であれ難儀なことはないはずなのに、出すことはできぬと言えば苦しがり、涙を流し、訴えるではないか。ましてや鳥は、天地の間を住み家とし、大空を自由に飛び回り、思いのままに食べ物を求める生き物である。それを小さな籠の中に入れ、こちらでさまざまに心を尽くして物を与えても、ふさわしいかどうか分からない。たとえ分かるとしても、彼らの苦しみはそなたが難儀に思うよりも、何百倍も苦しいかもしれない。いくら鳥だからといって、彼らを苦しめて我が慰みにしてよいものか。よくよく心得よ。とはいえ、このように言い聞かせては、そなたも面目を失い、残念千万に思うであろうが、そうではない。その訳は、そなたは忠義な者で、普段よく奉公し、何一つ悪いことはないが、ふと心得違いをして、私に飼鳥を勧めた者だからだ。世間では、身分の上下を問わず、総じて飼鳥をしているのだから、悪いことだと気づかないのはもっともなことだ。それならば、最初にこの趣旨を言い聞かせれば、そなたは納得したであろうが、それではそなたの忠義も現れず、第一、私の慎みのためにならない。人の心は変わるもので、今日はこうであっても、明日はどうなるか分からないものだ。

解説

籠から出された家臣に、藩主が理由を説いて聞かせる場面です。狭さへの苦しみを、飼われる鳥の苦しみに重ね、慰みの陰にある生き物の側の苦痛を自分の言葉で語らせています。ここで藩主は、勧めた者を悪人とせず、世間の風潮のなかでの心得違いと位置づけます。誤りを個人の人格ではなく、気づかなかったことの問題として扱う姿勢です。企業の不祥事や失敗でも、人を責めるだけでは再発防止にならず、なぜ気づけなかったかを共有できるかが組織の分かれ目になります。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

籠三畳鳥の苦しみ心得違い忠義慎み

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