碧巌録 / 第一百則
要平不平 大巧若拙或指或掌 倚天照雪 大冶兮磨礱不下良工兮拂拭未歇別別珊瑚枝枝撐著月蚍蜉要平不平。大巧若拙。古有俠客。路見不平。以強凌弱。即飛劍取強者頭。所以宗師家。眉藏寶劍袖掛金鎚。以斷不平之事。大巧若拙。巴陵答處。要平不平之事。為他語忒殺傷巧。返成拙相似。何故為他不當面揮來。却去僻地裏。一截暗取人頭。而人不覺。或指或掌。倚天照雪。會得則如倚天長劍凜凜神威。古人道。心月孤圓。光吞萬象。光非照境。境亦非存。光境俱忘。復是何物。此寶劍或現在指上。忽現掌中。昔日慶藏主說到這裏。竪手云。還見麼。也不必在手指上也。雪竇借路經過。教爾見古人意。且道一切處不可不是吹毛劍也。所以道。三級浪高魚化龍。癡人猶戽夜塘水。
新字:要平不平 大巧若拙或指或掌 倚天照雪 大冶兮磨礱不下良工兮払拭未歇別別珊瑚枝枝撐著月蚍蜉要平不平。大巧若拙。古有侠客。路見不平。以強凌弱。即飛剣取強者頭。所以宗師家。眉蔵宝剣袖掛金鎚。以断不平之事。大巧若拙。巴陵答処。要平不平之事。為他語忒殺傷巧。返成拙相似。何故為他不当面揮来。却去僻地裏。一截暗取人頭。而人不覚。或指或掌。倚天照雪。会得則如倚天長剣凜凜神威。古人道。心月孤円。光呑万象。光非照境。境亦非存。光境倶忘。復是何物。此宝剣或現在指上。忽現掌中。昔日慶蔵主説到這裏。竪手云。還見麼。也不必在手指上也。雪竇借路経過。教爾見古人意。且道一切処不可不是吹毛剣也。所以道。三級浪高魚化竜。痴人猶戽夜塘水。
書き下し
平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若し。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らす。大冶も磨礱し下さず、良工も払拭して未だ歇まず。別別、珊瑚枝枝月を撐著す。蚍蜉。平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若しとは、古へ俠客有り、路に不平の、強を以て弱を凌ぐを見れば、即ち剣を飛ばして強者の頭を取る。所以に宗師家は、眉に宝剣を蔵し、袖に金鎚を掛けて、以て不平の事を断ず。大巧は拙なるが若しとは、巴陵の答ふる処、不平の事を平らげんと要するも、他の語忒殺だ巧に傷るるが為に、返つて拙に成るに相似たり。何が故ぞ、他は面に当りて揮ひ来らず、却つて僻地裏に去きて、一截に暗に人の頭を取りて、人覚えざるが為なり。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らすとは、会得せば則ち天に倚る長剣の凛凛たる神威の如し。古人道ふ、「心月孤り円かにして、光万象を呑む。光は境を照らすに非ず、境も亦た存するに非ず。光境俱に忘ず、復た是れ何物ぞ」。此の宝剣、或いは指上に現在し、忽ち掌中に現ず。昔日慶蔵主説きて這裏に到りて、手を竪てて云く、「還た見るや」。也た必ずしも手指の上に在らず。雪竇路を借りて経過し、爾をして古人の意を見せしむ。且く道へ、一切処是れ吹毛剣ならざるべからざるなり。所以に道ふ、「三級浪高うして魚龍と化す、痴人猶ほ戽む夜塘の水」。
現代語訳
頌に言う。「平らかでないものを平らげようとする。大いなる巧みは拙いように見える。あるいは指先に、あるいは掌に、天に倚りかかって雪を照らす。大いなる鍛冶師も磨き上げることができず、良き工匠も拭い清めてやまない。格別だ、格別だ。珊瑚の枝々が月を支えている」。〔続く「蚍蜉」は、著語の中の字に付いた音注の見出し字が残ったものである〕「平らかでないものを平らげようとする。大いなる巧みは拙いように見える」とは、昔、俠客がいて、道で強い者が弱い者をしのぐ不正を見ると、すぐさま剣を飛ばして強者の首を取った。だから宗師家は、眉に宝剣を蔵し、袖に金の鎚を掛けて、不正な事を断ち切るのである。大いなる巧みは拙いように見えるとは、巴陵の答えたところは、不正な事を平らげようとしたものだが、その言葉があまりに巧みにすぎるために、かえって拙いように見えるということである。なぜか。彼は面と向かって剣を振るって来ず、かえって物陰に回って、一太刀でひそかに人の首を取り、しかも人はそれに気づかないからである。「あるいは指先に、あるいは掌に、天に倚りかかって雪を照らす」とは、会得すれば天に倚りかかる長剣の凛々たる神威のようだということである。古人は言った。「心の月がひとり円く、その光は万象を呑む。光は境を照らすのでなく、境もまた存在しない。光も境もともに忘れたとき、それはまた何ものか」。この宝剣は、指先に現れるかと思えば、たちまち掌の中に現れる。昔、慶蔵主はここまで説いてくると、手を立てて「見えるか」と言った。だが必ずしも手や指の上にあるわけではない。雪竇は路を借りて通り過ぎ、君たちに古人の意を見せたのである。さて言ってみよ、あらゆる所が吹毛剣でないはずがあろうか。だから「三段の滝の浪が高く、魚は化して龍となったのに、愚か者はなお夜の池の水を汲み出している」と言うのである。
解説
この章句が説くこと
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