碧巌録 / 第一百則
前來道。三句可辨。一鏃遼空。要會這話。須是絕情塵意想。淨盡方見他道珊瑚枝枝撐著有。若更作道理。轉見摸索不著。此語是禪月懷友人詩曰。厚似鐵圍山上鐵。薄似雙成仙體纈。蜀機鳳雛動蹶蹩。珊瑚枝枝撐著月。王凱家中藏難掘。顏回飢漢愁天雪。古檜筆直雷不折。雪衣石女蟠桃缺。佩入龍宮步遲遲。繡簾銀簟何參差。即不知驪龍失珠。知不知。巴陵於句中。取一句答吹毛劍。則是快。劍刃上吹毛試之。其毛自斷。乃利劍謂之吹毛也。巴陵只就他問處。便答這僧話。頭落也不知。頌云。
新字:前来道。三句可弁。一鏃遼空。要会這話。須是絶情塵意想。浄尽方見他道珊瑚枝枝撐著有。若更作道理。転見摸索不著。此語是禅月懐友人詩曰。厚似鉄囲山上鉄。薄似双成仙体纈。蜀機鳳雛動蹶蹩。珊瑚枝枝撐著月。王凱家中蔵難掘。顔回飢漢愁天雪。古檜筆直雷不折。雪衣石女蟠桃欠。佩入竜宮歩遅遅。繍簾銀簟何参差。即不知驪竜失珠。知不知。巴陵於句中。取一句答吹毛剣。則是快。剣刃上吹毛試之。其毛自断。乃利剣謂之吹毛也。巴陵只就他問処。便答這僧話。頭落也不知。頌云。
書き下し
前来道ふ、「三句弁ずべし、一鏃遼空なり」と。這の話を会せんと要せば、須らく是れ情塵意想を絶して、浄尽して方に他の「珊瑚枝枝月を撐著す」と道ふを見るべし。若し更に道理を作さば、転た摸索不著なるを見ん。此の語は是れ禅月の友人を懐ふ詩に曰く、「厚きこと鉄囲山上の鉄に似、薄きこと双成仙体の纈に似たり。蜀機の鳳雛動けば蹶蹩たり、珊瑚枝枝月を撐著す。王凱が家中に蔵して掘り難く、顔回は飢漢にして天雪を愁ふ。古檜は筆直にして雷も折らず、雪衣の石女蟠桃欠く。佩びて竜宮に入りて歩むこと遅遅たり、繍簾銀簟何ぞ参差たる。即ち知らず驪竜珠を失ふことを、知るや知らずや」。巴陵句中に於て一句を取りて吹毛剣に答ふ、則ち是れ快なり。剣刃の上に毛を吹きて之を試むるに、其の毛自ら断ず、乃ち利剣之を吹毛と謂ふなり。巴陵只だ他の問ふ処に就いて、便ち這の僧の話に答ふ。頭落つることも也た知らず。頌に云く、
現代語訳
先に「三句は見分けられる。一本の矢が遥かな空を射抜く」と言った。この話を会得したいなら、情の塵や意の想いを断ち切り、すっかり尽きてはじめて、彼が「珊瑚の枝々が月を支えている」と言うのが見える。もしさらに理屈をこしらえるなら、ますます手探りしても届かなくなる。この語は禅月が友人を懐かしんだ詩に出る。「厚さは鉄囲山の上の鉄のよう、薄さは仙女双成の身にまとう絞り染めの衣のよう。蜀の機で織った鳳の雛は、動けばよろめく。珊瑚の枝々が月を支えている。王凱の家の中に蔵されて掘り出しがたく、顔回は飢えた男で、天から降る雪を愁える。古い檜はまっすぐで、雷も折ることができない。雪の衣の石女に蟠桃が欠けている。佩びて竜宮に入り、歩みはゆるやか。刺繍の簾と銀の竹むしろは、なんと入り混じっていることか。驪竜が珠を失ったことを知らない。知っているのか、知らないのか」。巴陵は句の中から一句を取って吹毛剣に答えた。まことに痛快である。剣の刃の上に毛を吹きかけて試すと、その毛がひとりでに断たれる。そういう鋭い剣を吹毛というのである。巴陵はただ相手が問うたところに即して、この僧の話に答えた。僧は首が落ちたことにも気づかない。頌に言う。
解説
この章句が説くこと
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