碧巌録 / 第九十九則
十身調御者。即是十種他受用身。法報化三身。即法身也。何故報化非真佛。亦非說法者。據法身。則一片虛凝。靈明寂照。太原孚上座。在揚州光孝寺。講涅槃經。有游方僧。即夾山典座。在寺阻雪。因往聽講。講至三因佛性三德法身。廣談法身妙理。典座忽然失笑。孚乃目顧。講罷令請禪者問云。某素智狹劣。依文解義。適來講次。見上人失笑。某必有所短乏處。請上人說。典座云。座主不問。即不敢說。座主既問。則不可不言。某實是笑座主不識法身。孚云。如此解說。何處不是。典座云。請座主更說一遍。孚曰。法身之理。猶若太虛。竪窮三際。橫亘十方。彌綸八極。包括二儀。隨緣赴感。靡不周遍。典座曰。不道座主說不是。只識得法身量邊事。實未識法身在。
新字:十身調御者。即是十種他受用身。法報化三身。即法身也。何故報化非真仏。亦非説法者。拠法身。則一片虚凝。霊明寂照。太原孚上座。在揚州光孝寺。講涅槃経。有游方僧。即夾山典座。在寺阻雪。因往聴講。講至三因仏性三徳法身。広談法身妙理。典座忽然失笑。孚乃目顧。講罷令請禅者問云。某素智狭劣。依文解義。適来講次。見上人失笑。某必有所短乏処。請上人説。典座云。座主不問。即不敢説。座主既問。則不可不言。某実是笑座主不識法身。孚云。如此解説。何処不是。典座云。請座主更説一遍。孚曰。法身之理。猶若太虚。竪窮三際。横亘十方。弥綸八極。包括二儀。随縁赴感。靡不周遍。典座曰。不道座主説不是。只識得法身量辺事。実未識法身在。
書き下し
十身調御とは、即ち是れ十種の他受用身なり。法報化の三身は、即ち法身なり。何が故ぞ、報化は真仏に非ず、亦た説法者に非ず。法身に拠らば、則ち一片虚凝にして、霊明寂照なり。太原の孚上座、揚州の光孝寺に在りて涅槃経を講ず。游方の僧有り、即ち夾山の典座なり、寺に在りて雪に阻まる。因みに往きて講を聴く。講じて三因仏性、三徳法身に至りて、広く法身の妙理を談ず。典座忽然として失笑す。孚乃ち目顧す。講罷りて禅者を請ぜしめて問ひて云く、「某素より智狭劣にして、文に依りて義を解す。適来講ずる次で、上人の失笑するを見る。某必ず短乏する処有らん。請ふ上人説け」。典座云く、「座主問はずんば、即ち敢へて説かず。座主既に問ふ、則ち言はざるべからず。某実に是れ座主の法身を識らざるを笑ふ」。孚云く、「此の如く解説す、何れの処か是ならざる」。典座云く、「請ふ座主更に一遍説け」。孚曰く、「法身の理は、猶ほ太虚の若し。竪に三際を窮め、横に十方に亘り、八極を弥綸し、二儀を包括す。縁に随ひ感に赴きて、周遍せざること靡し」。典座曰く、「座主の説の是ならずとは道はず、只だ法身の量辺の事を識得するのみにして、実に未だ法身を識らざること在り」。
現代語訳
十身調御とは、十種の他受用身のことである。法身・報身・化身の三身は、すなわち法身である。なぜなら、報身と化身は真の仏ではなく、また説法する者でもないからである。法身によるならば、一片の虚空が凝り固まったようで、霊妙に明らかで静かに照らしている。太原の孚上座が揚州の光孝寺で『涅槃経』を講じていた。そこに行脚の僧がいた。夾山の典座であり、雪に阻まれて寺に滞在していた。そこで講義を聴きに行った。講義が三因仏性、三徳法身に至り、法身の妙理を広く論じたとき、典座は思わず吹き出した。孚はそちらに目をやった。講義が終わると、孚はその禅者を招いて問うた。「わたしはもともと智慧が狭く劣っていて、文字に頼って意味を解しています。さきほど講義の折に、あなたが吹き出されたのを見ました。わたしにはきっと足りないところがあるのでしょう。どうかお説きください」。典座は言った。「座主がお尋ねにならなければ、あえて申しません。座主がお尋ねになった以上、言わないわけにはいきません。わたしは実は、座主が法身を知らないことを笑ったのです」。孚は言った。「このように解説しましたが、どこが正しくないのですか」。典座は「どうか座主、もう一度説いてください」と言った。孚は言った。「法身の理は、ちょうど大空のようなものです。縦には過去・現在・未来をきわめ、横には十方にわたり、八方の果てまで覆い、天地を包み込み、縁に従い感応に赴いて、あまねく行きわたらないところはありません」。典座は言った。「座主の説が正しくないとは申しません。ただ法身の量の側の事を知っているだけで、本当にはまだ法身を知っておられないのです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻二其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
-
論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
-
論語・子路篇子曰く、詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして達せず。四方に使いして、専対する能わず。多しと雖も、亦た奚を以て為さん。
-
『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
-
『呻吟語』内篇・存心・知識は、帝則の賊なり知識は、帝則の賊なり。惟だ知識を忘れて以て帝則に任ず、此れを天真と謂ひ、此れを自然と謂ふ。一たび念を著くれば便ち乖違し、愈〻念を著くれば愈〻乖違す。乍ち見るの心一刻歇息すれば、別に是れ一個の光景なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る