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碧巌録 / 第九十九則

孚曰。既然如是。禪者當為我說。典座曰。若如是。座主暫輟講旬日。於靜室中端然靜慮。收心攝念。善惡諸緣一時放却。自窮究看。孚一依所言。從初夜至五更。聞鼓角鳴。忽然契悟。便去叩禪者門。典座曰。阿誰。孚曰某甲。典座咄曰。教汝傳持大教。代佛說法。夜半為什麼。醉酒臥街。孚曰。自來講經。將生身父母鼻孔扭揑。從今日已後。更不敢如是。看他奇特漢。豈只去認箇昭昭靈靈。落在驢前馬後。須是打破業識。無一絲毫頭可得。猶只得一半在。古人道。不起纖毫修學心。無相光中常自在。但識常寂滅底。莫認聲色。但識靈知。莫認妄想。所以道。假使鐵輪頂上旋。定慧圓明終不失。達磨問二祖。汝立雪斷臂。當為何事。祖曰。某甲心未安。乞師安心。磨云。將心來。與汝安。祖曰。覓心了不可得。磨曰。與汝安心竟。二祖忽然領悟。且道。正當恁麼時。法身在什麼處。

新字:孚曰。既然如是。禅者当為我説。典座曰。若如是。座主暫輟講旬日。於静室中端然静慮。収心摂念。善悪諸縁一時放却。自窮究看。孚一依所言。従初夜至五更。聞鼓角鳴。忽然契悟。便去叩禅者門。典座曰。阿誰。孚曰某甲。典座咄曰。教汝伝持大教。代仏説法。夜半為什麼。酔酒臥街。孚曰。自来講経。将生身父母鼻孔扭揑。従今日已後。更不敢如是。看他奇特漢。豈只去認箇昭昭霊霊。落在驢前馬後。須是打破業識。無一糸毫頭可得。猶只得一半在。古人道。不起繊毫修学心。無相光中常自在。但識常寂滅底。莫認声色。但識霊知。莫認妄想。所以道。仮使鉄輪頂上旋。定慧円明終不失。達磨問二祖。汝立雪断臂。当為何事。祖曰。某甲心未安。乞師安心。磨云。将心来。与汝安。祖曰。覓心了不可得。磨曰。与汝安心竟。二祖忽然領悟。且道。正当恁麼時。法身在什麼処。

書き下し

孚曰く、「既然に是の如くならば、禅者当に我が為に説くべし」。典座曰く、「若し是の如くならば、座主暫く講を輟むること旬日、静室の中に於て端然として静慮し、心を収め念を摂め、善悪の諸縁を一時に放却して、自ら窮究し看よ」。孚一に言ふ所に依りて、初夜より五更に至り、鼓角の鳴るを聞きて、忽然として契悟す。便ち去きて禅者の門を叩く。典座曰く、「阿誰ぞ」。孚曰く、「某甲」。典座咄して曰く、「汝をして大教を伝持し、仏に代りて法を説かしむ。夜半什麼と為てか、酒に酔ひて街に臥す」。孚曰く、「自来経を講じて、生身の父母の鼻孔を将て扭揑す。今日より已後、更に敢へて是の如くならじ」。看よ他の奇特の漢、豈に只だ去きて箇の昭昭霊霊を認めて、驢前馬後に落在せんや。須らく是れ業識を打破して、一糸毫頭の得べき無かるべし。猶ほ只だ一半を得るのみ在り。古人道ふ、「繊毫の修学の心を起さず、無相の光中常に自在なり」。但だ常寂滅底を識りて、声色を認むること莫れ。但だ霊知を識りて、妄想を認むること莫れ。所以に道ふ、「仮使ひ鉄輪頂上に旋るも、定慧円明にして終に失せず」。達磨二祖に問ふ、「汝雪に立ち臂を断つ、当に何事の為ぞ」。祖曰く、「某甲心未だ安からず、乞ふ師安心せしめよ」。磨云く、「心を将ち来れ、汝が与に安んぜん」。祖曰く、「心を覓むるに了に不可得なり」。磨曰く、「汝が与に安心し竟んぬ」。二祖忽然として領悟す。且く道へ、正当恁麼の時、法身什麼の処にか在る。

現代語訳

孚は言った。「そういうことなら、禅者よ、わたしのために説いてください」。典座は言った。「それなら座主は、しばらく十日ほど講義をやめ、静かな部屋で端然と座って静かに思いをこらし、心を収め念を摂めて、善悪のさまざまな縁を一度に放り出し、自分で窮め尽くしてごらんなさい」。孚はすべて言われたとおりにし、宵の口から明け方まで座り、太鼓と角笛の鳴るのを聞いて、たちまち悟りに契った。すぐに行って禅者の戸を叩いた。典座は「誰か」と言った。孚は「わたしです」と言った。典座は叱りつけて言った。「お前に大いなる教えを伝え保ち、仏に代わって法を説かせているのに、夜中に何だって酒に酔って街に寝転がっているのか」。孚は言った。「これまで経を講じて、生みの父母の鼻をひねり回してきました。今日からは、二度とこのようなことはいたしません」。見よ、このすぐれた男を。どうしてただ昭昭霊霊としたものを認めて、驢馬の前や馬の後ろに落ちていようか。業識を打ち破って、毛筋ほども得られるものがないようにならなければならない。それでもなお半分を得ただけである。古人は言った。「毛筋ほどの修学の心も起こさず、相のない光の中で常に自在である」。ただ常に寂滅したものを知って、声や色を認めてはならない。ただ霊妙な知を知って、妄想を認めてはならない。だから「たとえ鉄の輪が頭上で回っても、定と慧は円かに明らかで、ついに失われない」と言うのである。達磨が二祖に問うた。「お前は雪の中に立ち臂を断った。何のためか」。二祖は言った。「わたしは心がまだ安らかではありません。どうか師よ、安心させてください」。達磨は「心を持って来い。お前のために安らかにしてやろう」と言った。二祖は「心を探しましたが、どうしても得られません」と言った。達磨は「お前のために安心させ終わった」と言った。二祖はたちまち悟った。さて言ってみよ、まさにその時、法身はどこにあるのか。

解説

孚上座の逸話の続きと、それを受けた圜悟の評である。典座の勧めに従い、講義を休んで静室に坐した孚は、明け方の鼓角の音で悟りに契い、典座の戸を叩く。典座は「夜半に酒に酔って街に寝転がるのか」と叱り、孚は今後二度と父母の鼻をひねり回すような講経はしないと誓った。圜悟は、昭昭霊霊としたものを法身と認めて安住すればかえって驢前馬後に落ちると戒め、業識を打破してもなお半分にすぎないと言う。最後に達磨安心の話を引き、心を求めて得られないその時、法身はどこにあるのかと問いかける。学びを止めて一度静かに座ることで、初めて見えるものがある。

この章句が説くこと

孚上座達磨安心法身坐禅悟り修行

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