碧巌録 / 第九十九則
垂示云。龍吟霧起虎嘯風生。出世宗猷金玉相振。通方作略箭鋒相拄。遍界不藏遠近齊彰。古今明辨。且道是什麼人境界。試舉看。
新字:垂示云。竜吟霧起虎嘯風生。出世宗猷金玉相振。通方作略箭鋒相拄。遍界不蔵遠近斉彰。古今明弁。且道是什麼人境界。試舉看。
書き下し
垂示に云く、龍吟ずれば霧起り、虎嘯けば風生ず。出世の宗猷は金玉相振ひ、通方の作略は箭鋒相拄ふ。遍界蔵さず、遠近斉しく彰る。古今明弁す。且く道へ、是れ什麼人の境界ぞ。試みに挙す看よ。
現代語訳
垂示に言う。龍が吟ずれば霧が起こり、虎がうそぶけば風が生じる。世に出た宗師の教えは金と玉が響き合うようであり、四方に通じる手立ては矢の切っ先が空中で突き合うようである。世界のどこにも隠されておらず、遠くも近くも等しく明らかに現れている。古今にわたってはっきりと見分けられる。さて言ってみよ、これは誰の境界か。試みに挙げてみるから見よ。
解説
これは第九十九則、粛宗皇帝と南陽慧忠国師の「十身調御」の問答に圜悟が掲げた垂示である。龍が吟じれば霧が起こり、虎が嘯けば風が生じるように、力ある者の一声には必ず相応の働きが伴う。宗師の教えは金玉が響き合い、相手と応じ合う手立ては箭鋒が相い拄うように寸分の狂いもない。そうした働きは世界のどこにも隠れず、遠近古今を通じて明らかだと圜悟は言う。そのうえで、これはいったい誰の境界かと問い、本則へと導く。人を導く立場にある者は、自分の一言がどんな風や霧を起こすかを自覚しておきたい。
この章句が説くこと
竜吟霧起箭鋒相拄垂示言葉悟り自由
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