碧巌録 / 第九十八則
天平後住院謂眾云。我當初行脚時。被業風吹到思明和尚處。連下兩錯。更留我度夏。待共我商量。我不道恁麼時錯。我發足向南方去時。早知道錯了也。這漢也殺道。只是落第七第八頭。料掉沒交涉。如今人聞他道。發足向南方去時。早知道錯了也。便去卜度道。未行脚時。自無許多佛法禪道。及至行脚。被諸方熱瞞。不可未行脚時。喚地作天。喚山作水。幸無一星事。若總恁麼作流俗見解。何不買一片帽戴大家過時。有什麼用處。佛法不是這箇道理。若論此事。豈有許多般葛藤。爾若道我會他不會。擔一檐禪。遶天下走。被明眼人勘破。一點也使不著。雪竇正如此頌出。
新字:天平後住院謂衆云。我当初行脚時。被業風吹到思明和尚処。連下両錯。更留我度夏。待共我商量。我不道恁麼時錯。我発足向南方去時。早知道錯了也。這漢也殺道。只是落第七第八頭。料掉没交渉。如今人聞他道。発足向南方去時。早知道錯了也。便去卜度道。未行脚時。自無許多仏法禅道。及至行脚。被諸方熱瞞。不可未行脚時。喚地作天。喚山作水。幸無一星事。若総恁麼作流俗見解。何不買一片帽戴大家過時。有什麼用処。仏法不是這箇道理。若論此事。豈有許多般葛藤。爾若道我会他不会。担一檐禅。遶天下走。被明眼人勘破。一点也使不著。雪竇正如此頌出。
書き下し
天平後に住院して衆に謂ひて云く、「我当初行脚の時、業風に吹かれて思明和尚の処に到る。連りに両錯を下し、更に我を留めて夏を度さしめ、我と共に商量せんことを待つ。我は恁麼の時錯れりとは道はず。我発足して南方に向いて去りし時、早く錯り了れることを知道せり」。這の漢也殺だ道ふも、只だ是れ第七第八頭に落つ。料掉として没交渉なり。如今の人、他の「発足して南方に向いて去りし時、早く錯り了れることを知道せり」と道ふを聞きて、便ち去きて卜度して道ふ、「未だ行脚せざる時は、自ら許多の仏法禅道無し。行脚するに及至びて、諸方に熱瞞せらる。未だ行脚せざる時、地を喚んで天と作し、山を喚んで水と作すべからず、幸ひに一星の事も無し」と。若し総て恁麼に流俗の見解を作さば、何ぞ一片の帽を買ひて戴き、大家時を過さざる。什麼の用処か有らん。仏法は是れ這箇の道理ならず。若し此の事を論ぜば、豈に許多般の葛藤有らんや。爾若し我は会し他は会せずと道ひて、一檐の禅を担ひて天下を遶りて走らば、明眼の人に勘破せられて、一点も也た使ひ著かず。雪竇正に此の如く頌出す。
現代語訳
天平は後に寺に住して大衆に言った。「わしは昔、行脚していた時、業の風に吹かれて思明和尚のところに行き着いた。和尚は続けざまに二つの錯を下し、さらにわしを引き留めて夏を過ごさせ、わしと話し合おうとした。わしはあの時に錯ったとは言わない。わしが足を踏み出して南方へ向かった時、もう錯っていたと分かっていたのだ」。この男はずいぶんと言ってのけるが、ただ第七、第八の二番煎じに落ちているだけで、はるかに隔たってまるで関わりがない。今の人は、彼が「足を踏み出して南方へ向かった時、もう錯っていたと分かっていた」と言うのを聞くと、すぐに推し量って言う。「行脚する前は、もともとそんなに多くの仏法や禅道はなかった。行脚するに至って、諸方にひどく欺かれたのだ。行脚する前に、地を天と呼び、山を水と呼ぶようなことをしてはならない。幸いに何ひとつ事はなかったのだから」と。もしすべてこのように世俗の見解をなすのなら、どうして帽子を一つ買ってかぶり、皆と同じように世を過ごさないのか。何の役に立つというのか。仏法はそういう道理ではない。もしこの事を論じるなら、どうしてそんなに多くの葛藤があろうか。君がもし「わしは分かっている、あいつは分かっていない」と言って、禅をひと担ぎ背負って天下を歩き回るなら、明眼の人に見破られて、少しも役に立たない。雪竇はまさにこのように頌に出したのである。
解説
この章句が説くこと
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