碧巌録 / 第九十八則
被西院叫來連下兩錯。直得周慞惶怖分疎不下。前不搆村後不迭店。有者道。說箇西來意。早錯了也。殊不知西院這兩錯落處。諸人且道。落在什麼處。所以道。他參活句不參死句。天平舉頭。已是落二落三了也。西院云。錯。他却不薦得當陽用處。只道我肚皮裏有禪。莫管他。又行三兩步。西院又云。錯。却依舊黑漫漫地。天平近前。西院云。適來兩錯。是西院錯。是上座錯。天平云。從漪錯。且喜沒交涉。已是第七第八頭了也。西院云。且在這裏度夏。待共上座商量這兩錯。天平當時便行。似則也似。是則未是。也不道他不是。只是趕不上。雖然如是。却有些子衲僧氣息。
新字:被西院叫来連下両錯。直得周慞惶怖分疎不下。前不搆村後不迭店。有者道。説箇西来意。早錯了也。殊不知西院這両錯落処。諸人且道。落在什麼処。所以道。他参活句不参死句。天平舉頭。已是落二落三了也。西院云。錯。他却不薦得当陽用処。只道我肚皮裏有禅。莫管他。又行三両歩。西院又云。錯。却依旧黒漫漫地。天平近前。西院云。適来両錯。是西院錯。是上座錯。天平云。従漪錯。且喜没交渉。已是第七第八頭了也。西院云。且在這裏度夏。待共上座商量這両錯。天平当時便行。似則也似。是則未是。也不道他不是。只是趕不上。雖然如是。却有些子衲僧気息。
書き下し
西院に叫び来られて連りに両錯を下され、直に周慞惶怖して分疎不下なることを得たり。前は村に搆らず、後は店に迭ばず。有る者は道ふ、「箇の西来意を説くも、早く錯り了れり」と。殊に知らず、西院の這の両錯の落処を。諸人且く道へ、什麼の処にか落在す。所以に道ふ、「他は活句に参じて死句に参ぜず」と。天平頭を挙ぐ、已に是れ落二落三し了れり。西院云く、「錯」。他却つて当陽の用処を薦得せず、只だ道ふ、「我が肚皮裏に禅有り、他に管すること莫れ」と。又行くこと三両歩。西院又云く、「錯」。却つて依旧として黒漫漫地なり。天平近前す。西院云く、「適来の両錯、是れ西院の錯か、是れ上座の錯か」。天平云く、「従漪の錯」。且喜すらくは没交渉なることを。已に是れ第七第八頭なり。西院云く、「且く這裏に在りて夏を度せ。上座と共に這の両錯を商量せんことを待たん」。天平当時便ち行く。似たることは則ち也た似たるも、是なることは則ち未だ是ならず。也た他を不是なりとは道はず、只だ是れ趕ひ上らず。是の如くなりと雖然も、却つて些子の衲僧の気息有り。
現代語訳
西院に呼びつけられて続けざまに二つの錯を下され、まったくうろたえ恐れて、申し開きもできなくなった。前には村もなく、後ろには宿もない有様である。ある者は「西来意を説いたとたん、もう錯っている」と言う。西院のこの二つの錯がどこに落ちるのかを、まるで分かっていないのである。皆さん、さて言ってみよ、どこに落ちるのか。だから「彼は活句に参じて、死句には参じない」と言うのである。天平が頭を上げたとき、すでに第二義、第三義に落ちている。西院が「錯」と言っても、彼はかえってその場でまともに働くところを見て取れず、ただ「わしの腹の中には禅がある、構うな」と思っている。また二、三歩歩くと、西院はまた「錯」と言う。それでも相変わらず真っ暗闇である。天平が近づくと、西院は「さっきの二つの錯は、西院の錯か、上座の錯か」と言う。天平は「従漪の錯です」と言う。ありがたいことに、まるで関わりがない。すでに第七、第八の二番煎じに落ちている。西院は「まあここで夏を過ごせ。上座とこの二つの錯について話し合うのを待とう」と言う。天平はその場ですぐに立ち去った。似てはいるが、正しいかといえばまだ正しくない。彼が間違っているとも言わないが、ただ追いつけていないのである。そうではあるが、それでもいくらかは衲僧らしい気概がある。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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