碧巌録 / 第九十八則
天平曾參進山主來。為他到諸方。參得些蘿蔔頭禪。在肚皮裏。到處便輕開大口道。我會禪會道。常云。莫道會佛法。覓箇舉話人也無。屎臭氣薰人。只管放輕薄。且如諸佛未出世。祖師未西來。未有問答。未有公案已前。還有禪道麼。古人事不獲已。對機垂示。後人喚作公案。因世尊拈花。迦葉微笑。後來阿難問迦葉。世尊傳金襴外別傳何法。迦葉云。阿難。阿難應諾。迦葉云。倒却門前剎竿著。只如未拈花阿難未問已前。甚處得公案來。只管被諸方冬瓜印子印定了便道。我會佛法奇特。莫教人知。天平正如此。
新字:天平曽参進山主来。為他到諸方。参得些蘿蔔頭禅。在肚皮裏。到処便軽開大口道。我会禅会道。常云。莫道会仏法。覓箇舉話人也無。屎臭気薫人。只管放軽薄。且如諸仏未出世。祖師未西来。未有問答。未有公案已前。還有禅道麼。古人事不獲已。対機垂示。後人喚作公案。因世尊拈花。迦葉微笑。後来阿難問迦葉。世尊伝金襴外別伝何法。迦葉云。阿難。阿難応諾。迦葉云。倒却門前刹竿著。只如未拈花阿難未問已前。甚処得公案来。只管被諸方冬瓜印子印定了便道。我会仏法奇特。莫教人知。天平正如此。
書き下し
天平曾て進山主に参じ来る。他諸方に到りて、些かの蘿蔔頭禅を参得して肚皮裏に在るが為に、到る処に便ち軽しく大口を開きて道ふ、「我禅を会し道を会す」と。常に云く、「仏法を会すと道ふこと莫れ、箇の挙話の人を覓むるも也た無し」と。屎臭気人を薫じ、只管に軽薄を放つ。且く諸仏未だ出世せず、祖師未だ西来せず、未だ問答有らず、未だ公案有らざる已前の如きは、還た禅道有りや。古人事已むことを獲ずして、機に対して垂示す、後人喚んで公案と作す。世尊花を拈じ、迦葉微笑するに因りて、後来阿難迦葉に問ふ、「世尊金襴を伝ふる外、別に何の法をか伝ふる」。迦葉云く、「阿難」。阿難応諾す。迦葉云く、「門前の刹竿を倒却著せよ」。只だ未だ花を拈ぜず、阿難未だ問はざる已前の如きは、甚の処よりか公案を得来らん。只管に諸方の冬瓜の印子に印定せられ了りて、便ち道ふ、「我仏法を会すること奇特なり、人をして知らしむること莫れ」と。天平正に此の如し。
現代語訳
天平はかつて進山主に参じていた。諸方を巡って、いくらかの大根頭のような禅を手に入れて腹の中にしまっていたので、どこへ行っても軽々しく大口を開いて「わしは禅も道も分かっている」と言っていた。常々「仏法が分かったなどと言うな。話を取り上げて示せる者さえ見当たらない」と言っていた。糞の臭いが人に染みつくようなもので、ひたすら軽薄をまき散らしていたのである。そもそも諸仏がまだ世に出ず、祖師がまだ西から来ず、問答もなく公案もなかった以前に、禅や道はあったのか。古人はやむを得ず、相手の機に応じて教えを垂れたのであり、後の人がそれを公案と呼んだのである。世尊が花を拈じ、迦葉が微笑したことから、後に阿難が迦葉に「世尊は金襴の袈裟を伝えたほかに、別に何の法を伝えたのですか」と問うた。迦葉が「阿難よ」と呼ぶと、阿難は「はい」と応えた。迦葉は「門前の刹竿を倒してしまえ」と言った。では、まだ花を拈じず、阿難もまだ問うていなかった以前には、どこから公案を得て来るのか。ひたすら諸方の冬瓜で作った印判に印を押されてしまって、「わしは仏法を会得した、すばらしいことだ、人に知らせてはならぬ」と言う。天平はまさにこのようであった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『法句経』第二十六 婆羅門の部 四〇七〜四〇九 針の先から落ちる芥子四〇七 若し人あり貪と瞋と慢と覆を離るゝこと芥子が針端より(落つるが如くなるときは)、彼を我は婆羅門と謂ふ。 四〇八 麤ならざる教訓する実語を発し、其の語に由りて誰をも怒らさざる人を我は婆羅門と謂ふ。 四〇九 人若し此の世に於て或は短、或は長、麤細、浄不浄(を問はず)、与へられざる物を取らざれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
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礼記・緇衣子曰く、「小人は水に溺れ、君子は口に溺れ、大人は民に溺る。皆その褻(な)るる所に在り。夫れ水は人に近くして人を溺らす。徳は狎(な)れ易くして親しみ難く、以て人を溺らし易し。口は費(つい)えて煩わしく、出だし易くして悔い難く、以て人を溺らし易し。夫れ民は人に閉じて、鄙(いや)しき心有り、敬すべくして慢(あなど)るべからず、以て人を溺らし易し。故に君子は以て慎まざるべからず。大甲(たいこう)に曰く、『厥(そ)の命を越えて以て自ら覆(くつがえ)すこと毋(な)かれ。虞(ぐ)の機(き)張りて、往きて括(かつ)を厥の度に省(み)て則ち釈(はな)つが若(ごと)くせよ』と。兌命(えつめい)に曰く、『惟れ口は羞(はじ)を起こし、惟れ甲冑は兵を起こし、惟れ衣裳は笥(し)に在り、惟れ干戈(かんか)はその躬(み)を省みよ』と。大甲に曰く、『天の作せる孽(わざわい)は違(さ)くべし。自ら作せる孽は以て逭(のが)るべからず』と。尹誥(いんこう)に曰く、『惟れ尹躬ずから天(せん)、西邑夏(せいゆうか)に見(まみ)え、自ら割(かつ)して終わり有り、相(たす)くるも亦惟れ終わる』」と。
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云はく、愚癡なる人は其の詮なきことを思ひ云ふなり、此につかはるゝ老尼公ありけるが、当時いやしげに在るをはづる顏にて、ともすれば人に向ては、昔しは上臘にてありしよしを語る、たとひ而今の人にさもありと思はれたりとも、なんの用とも覚えぬ、甚だ無用なりとおぼゆるなり、皆人の思はくは此の心あるかと覚ゆるなり、道心の無きほども知られたり、是れらの心を改めて、少し人には似るべきなり、亦有る入道の、極めて無道心なるあり、去り難き知音にてある故に、道心おこらんこと仏神に祈誓せよと云はんと思ふ、定て彼れ腹立して中をたがふことあらん、然あれども道心を発さヾらんには得意にてもたがひに詮なかるべし、
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尚書・西伯戡黎我が生、命は天に在るに非ずや。
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『正法眼蔵随聞記』巻四古人云く、奢て上賢にひとしからんと思ふことなかれ、賤ふして下賤にひとしからんと思ふことなかれと、云こゝろは、共に慢心なり、高ふしても下らんことを忘るゝことなかれ、安ふしても危からんことを忘るゝことなかれ、今日存するとも明日もと思ふことなかれ、死の至てちかくあやふきこと脚下にあり、
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徒然草・第167段一道に携はる人、あらぬ道の席に臨みて、「あはれ我が道ならましかば、かくよそに見侍らじものを。」といひ、心にも思へる事、常のことなれど、世にわろく覚ゆるなり。知らぬ道の羨ましく覚えば、「あな羨まし、などか習はざりけむ。」と言ひてありなむ。我が智を取り出でて人に争ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を噛み出す類なり。人としては善にほこらず、物と争はざるを徳とす。他に勝る事のあるは大きなる失なり。品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人にまされりと思へる人は、たとひ詞に出でてこそいはねども、内心に若干の科あり。謹みてこれを忘るべし。をこにも見え、人にもいひけたれ、禍ひをも招くは、たゞこの慢心なり。一道にもまことに長じぬる人は、みづから明らかにその非を知るゆゑに、志常に満たずして、つひに物に誇ることなし。
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