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碧巌録 / 第九十一則

保福云。和尚年尊。別請人好。此語道得穩當。前三則語却易見。此一句語有遠意。雪竇亦打。破了也。山僧舊日在慶藏主處理會。道。和尚年尊老耄。得頭忘尾。適來索扇子。如今索犀牛兒。難為執侍。故云。別請人好。雪竇云。可惜勞而無功。此皆是下語格式。古人見徹此事。各各雖不同。道得出來。百發百中。須有出身之路。句句不失血脈。如今人問著。只管作道理計較。所以十二時中。要人咬嚼教滴水滴凍。求箇證悟處。看他雪竇頌一串云。摐。犀牛扇子用多時

新字:保福云。和尚年尊。別請人好。此語道得穏当。前三則語却易見。此一句語有遠意。雪竇亦打。破了也。山僧旧日在慶蔵主処理会。道。和尚年尊老耄。得頭忘尾。適来索扇子。如今索犀牛児。難為執侍。故云。別請人好。雪竇云。可惜労而無功。此皆是下語格式。古人見徹此事。各各雖不同。道得出来。百発百中。須有出身之路。句句不失血脈。如今人問著。只管作道理計較。所以十二時中。要人咬嚼教滴水滴凍。求箇証悟処。看他雪竇頌一串云。摐。犀牛扇子用多時

書き下し

保福云く、「和尚年尊し、別に人を請ずるが好し」。此の語道ひ得て穏当なり。前の三則の語は却つて見易し。此の一句の語は遠意有り。雪竇も亦た打す。破れたり。山僧旧日慶蔵主の処に在りて理会して道ふ、「和尚年尊く老耄して、頭を得て尾を忘る。適来は扇子を索め、如今は犀牛児を索む。執侍し難し。故に云く、別に人を請ずるが好し」と。雪竇云く、「惜しむべし、労して功無し」。此れ皆是れ下語の格式なり。古人此の事を見徹して、各各同じからずと雖も、道ひ得て出で来れば百発百中す。須らく出身の路有り、句句血脈を失はざるべし。如今の人は問著すれば、只管に道理計較を作す。所以に十二時中、人の咬嚼して滴水滴凍ならしめ、箇の証悟の処を求めんことを要す。看よ他の雪竇、一串に頌して云く、摐。犀牛の扇子用ふること多時、

現代語訳

保福は「和尚はお年を召しています。別の人に頼まれるのがよいでしょう」と言った。この言葉は穏当に言い得ている。前の三つの答えはかえって見て取りやすいが、この一句には深い含みがある。雪竇はこれにも一撃を加えた。打ち破られてしまったのである。わたしは以前、慶蔵主のもとで次のように理解していた。「和尚は年老いてぼけ、頭を覚えて尾を忘れている。さっきは扇子を求め、今度は犀牛の子を求める。これではお仕えしにくい。だから別の人に頼まれるのがよいと言ったのだ」と。雪竇は「惜しいことに、骨折り損だ」と言った。これらはみな下語(寸評)の型である。古人はこの事を見抜いており、それぞれ言い方は違っても、言い出せば百発百中であった。必ず抜け出る道があり、一句一句が血脈を失っていない。今の人は問われると、ひたすら理屈を立てて計算するばかりである。だから一日中、噛みしめさせて一滴の水が一滴の氷となるように徹底させ、悟りの拠り所を求めさせるのである。見よ、雪竇は一続きに頌して言う。(摐。)「犀牛の扇子は長らく使ってきたが、

解説

評唱の後半で、圜悟は四人目の保福の答え「和尚年尊し、別に人を請ずるが好し」を最も含みの深い一句として取り上げる。かつて慶蔵主のもとで、老いた師への皮肉と解していたことも率直に明かしている。雪竇の「惜しむべし、労して功無し」をはじめ、これらは寸評の型であり、古人は言い方こそ違え一句ごとに血脈を失わなかったと圜悟は言う。対して今の人は問われると理屈で計算するばかりだと戒める。末尾の「摐」は意味の取りにくい一字で、対校本には無い。正解を探して理屈を並べる前に、一言に全体を込められるかを自分に問いたい。

この章句が説くこと

労而無功下語血脈保福言葉分別

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