碧巌録 / 第八十四則
臥疾毘耶離。維摩示疾於毘耶離城也。唐時王玄策使西域過其居。遂以手板縱橫量其室得十笏。因名方丈。全身太枯槁。因以身疾。廣為說法云。是身無常無強無力無堅。速朽之法。不可信也。為苦為惱。眾病所集。乃至陰界入所共合成。七佛祖師來。文殊是七佛祖師。承世尊旨往彼問疾。一室且頻掃。方丈內皆除去所有。唯留一榻等文殊至。請問不二法門也。所以雪竇道。請問不二門。當時便靠倒。維摩口似匾檐。如今禪和子便道。無語是靠倒。且莫錯認定盤星。雪竇拶到萬仞懸崖上。却云不靠倒。一手擡一手搦。他有這般手脚。直是用得玲瓏。此頌前面拈云維摩道什麼。金毛獅子無處討。非但當時。即今也恁麼。還見維摩老麼。盡山河大地草木叢林。皆變作金毛獅子。也摸索不著。
新字:臥疾毘耶離。維摩示疾於毘耶離城也。唐時王玄策使西域過其居。遂以手板縦横量其室得十笏。因名方丈。全身太枯槁。因以身疾。広為説法云。是身無常無強無力無堅。速朽之法。不可信也。為苦為悩。衆病所集。乃至陰界入所共合成。七仏祖師来。文殊是七仏祖師。承世尊旨往彼問疾。一室且頻掃。方丈内皆除去所有。唯留一榻等文殊至。請問不二法門也。所以雪竇道。請問不二門。当時便靠倒。維摩口似匾檐。如今禅和子便道。無語是靠倒。且莫錯認定盤星。雪竇拶到万仞懸崖上。却云不靠倒。一手擡一手搦。他有這般手脚。直是用得玲瓏。此頌前面拈云維摩道什麼。金毛獅子無処討。非但当時。即今也恁麼。還見維摩老麼。尽山河大地草木叢林。皆変作金毛獅子。也摸索不著。
書き下し
疾に毘耶離に臥すとは、維摩、疾を毘耶離城に示すなり。唐の時、王玄策、西域に使ひして其の居を過ぎり、遂に手板を以て縦横に其の室を量るに十笏を得たり。因つて方丈と名づく。全身太だ枯槁すとは、因つて身疾を以て広く為に法を説いて云く、「是の身は無常、無強、無力、無堅にして、速やかに朽つるの法なり、信ず可からず。苦と為り悩と為り、衆病の集まる所なり。乃至陰界入の共に合成する所なり」と。七仏の祖師来るとは、文殊は是れ七仏の祖師、世尊の旨を承けて彼に往いて疾を問ふ。一室且く頻りに掃ふとは、方丈の内皆な所有を除去し、唯だ一榻を留めて文殊の至るを等ち、不二法門を請問するなり。所以に雪竇道ふ、「不二の門を請問す、当時便ち靠倒す」と。維摩、口匾檐に似たり。如今の禅和子便ち道ふ、「無語是れ靠倒なり」と。且く錯つて定盤星を認むること莫れ。雪竇拶して万仞の懸崖の上に到り、却つて云く、「靠倒せず」と。一手は擡げ一手は搦ふ。他に這般の手脚有り、直に是れ用ひ得て玲瓏なり。此れは前面に拈じて云ふ「維摩、什麼をか道ふ」を頌す。金毛の獅子討ぬるに処無し。但だ当時のみに非ず、即今も也た恁麼なり。還た維摩老を見るや。尽山河大地、草木叢林、皆な変じて金毛の獅子と作るも、也た摸索不著なり。
現代語訳
毘耶離で病に臥すとは、維摩が毘耶離城で病を現したことである。唐の時、王玄策が西域に使いしてその住まいに立ち寄り、笏で縦横にその部屋を測ると十笏であった。それで方丈と名づけた。全身ひどく痩せ衰えたとは、自らの病を通して広く人々のために法を説き、「この身は無常で、強さもなく力もなく堅さもなく、速やかに朽ちるものであって、頼みにならない。苦となり悩みとなり、あらゆる病の集まるところであり、五陰・十八界・十二入がともに寄り合ってできたものである」と言ったことである。七仏の師がやって来るとは、文殊は七仏の師であり、世尊の命を受けて維摩のもとへ見舞いに行ったことである。一室をしきりに掃き清めるとは、方丈の中の持ち物をすべて取り払い、ただ寝台一つを残して文殊の到着を待ち、不二の法門を問うたことである。だから雪竇は「不二の門について問われて、その時たちまち倒された」と言う。維摩の口は平たい天秤棒のように閉じていた。いまの禅僧たちはすぐに「言葉がないのが倒されたということだ」と言う。秤の目盛りの星を見誤ってはならない。雪竇は万仞の断崖の上まで追い詰めておいて、かえって「倒されてはいない」と言う。片手で持ち上げ、片手で押さえる。彼にはこうした手腕があり、その用い方はまことに玲瓏である。これは先に取り上げて言った「維摩は何と言ったか」を頌したものである。金毛の獅子は探しても見つからない。当時だけでなく、いまもまたそうである。維摩じいさんが見えるか。山河大地、草木や林のすべてが金毛の獅子に変わったとしても、手探りしても届かない。
解説
この章句が説くこと
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