碧巌録 / 第十八則
多少人道。國師不言處。便是塔樣。若恁麼會。遶磨一宗掃地而盡。若謂良久便是。啞子也合會禪。豈不見外道問佛。不問有言不問無言世尊良久。外道禮拜。贊嘆曰。世尊大慈大悲。開我迷雲。令我得入。及外道去後。阿難問佛。外道有何所證。而言得入。世尊云。如世良馬。見鞭影而行。人多向良久處會。有什麼巴鼻。五祖先師拈云。前面是珍珠瑪瑙。後面是瑪瑙珍珠。左邊是觀音勢至。右邊是文殊普賢。中間有箇旛子。被風吹著。道胡盧胡盧。國師云。會麼。帝曰。不會。却較些子。且道這箇不會。與武帝不識。是同是別。雖然似則似。是則未是。
新字:多少人道。国師不言処。便是塔様。若恁麼会。遶磨一宗掃地而尽。若謂良久便是。唖子也合会禅。豈不見外道問仏。不問有言不問無言世尊良久。外道礼拝。賛嘆曰。世尊大慈大悲。開我迷雲。令我得入。及外道去後。阿難問仏。外道有何所証。而言得入。世尊云。如世良馬。見鞭影而行。人多向良久処会。有什麼巴鼻。五祖先師拈云。前面是珍珠瑪瑙。後面是瑪瑙珍珠。左辺是観音勢至。右辺是文殊普賢。中間有箇旛子。被風吹著。道胡盧胡盧。国師云。会麼。帝曰。不会。却較些子。且道這箇不会。与武帝不識。是同是別。雖然似則似。是則未是。
書き下し
多少の人か道ふ、国師の言はざる処、便ち是れ塔様と。若し恁麼に会せば、達磨の一宗、地を掃うて尽きん。若し良久便ち是なりと謂はば、唖子も也た合に禅を会すべし。豈に見ずや、外道仏に問ふ、有言を問はず、無言を問はず。世尊良久す。外道礼拝し、讃嘆して曰く、世尊大慈大悲、我が迷雲を開き、我をして得入せしむと。外道去りて後に及んで、阿難仏に問ふ、外道何の所証有りてか得入すと言ふ。世尊云く、世の良馬の鞭影を見て行くが如し。人多く良久の処に向かつて会す、什麼の巴鼻か有らん。五祖先師拈じて云く、前面は是れ珍珠瑪瑙、後面は是れ瑪瑙珍珠。左辺は是れ観音勢至、右辺は是れ文殊普賢。中間に箇の旛子有りて、風に吹著せられて、胡盧胡盧と道ふ。国師云く、会すや。帝曰く、会せず。却つて些子に較れり。且く道へ、這箇の不会と、武帝の不識と、是れ同か是れ別か。然りと雖も、似たることは則ち似たるも、是なることは則ち未だ是ならず。
現代語訳
多くの人は「国師が何も言わなかったところが、そのまま塔の形なのだ」と言う。もしそのように理解するなら、達磨の一宗は地を掃ったように跡形もなくなる。もし黙っていることがそのまま正しいのだと言うなら、口のきけない人も禅がわかることになる。知らないのか。外道が仏に問うた。「言葉のあることも問わず、言葉のないことも問いません」。世尊はしばらく黙っていた。外道は礼拝し、讃えて言った。「世尊は大慈大悲をもって、わたしの迷いの雲を開き、わたしを悟りに入らせてくださいました」。外道が去ったあと、阿難が仏に問うた。「外道は何を悟って、悟りに入ったと言ったのですか」。世尊は言った。「世の良い馬が、鞭の影を見ただけで走り出すようなものだ」。多くの人は黙っていたところで理解しようとするが、何の手がかりがあろうか。五祖先師はこれを取り上げて言った。「前は真珠と瑪瑙、後ろは瑪瑙と真珠。左は観音と勢至、右は文殊と普賢。真ん中に一本の旗があって、風に吹かれてぱたぱたと言う」。国師「わかりましたか」。皇帝「わかりません」。かえって少しはましである。さあ言ってみよ、このわからないと、梁の武帝の「知らない」とは、同じか違うか。似ていることは似ているが、正しいかといえばまだ正しくない。
解説
この章句が説くこと
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