碧巌録 / 第八十二則
若無大用大機。爭解恁麼籠天罩地。大似明鏡當臺。胡來胡現漢來漢現。此公案與花藥欄話一般。然意却不同。這僧問處不明。大龍答處恰好。不見僧問雲門。樹凋葉落時如何。門云。體露金風。此謂之箭鋒相拄。這僧問大龍。色身敗壞。如何是堅固法身。大龍云。山花開似錦。澗水湛如藍。一如君向西秦我之東魯。他既恁麼行。我却不恁麼行。與他雲門一倍相返。那箇恁麼行却易見。這箇却不恁麼行却難見。大龍不妨三寸甚密。雪竇頌云。
新字:若無大用大機。争解恁麼籠天罩地。大似明鏡当台。胡来胡現漢来漢現。此公案与花薬欄話一般。然意却不同。這僧問処不明。大竜答処恰好。不見僧問雲門。樹凋葉落時如何。門云。体露金風。此謂之箭鋒相拄。這僧問大竜。色身敗壊。如何是堅固法身。大竜云。山花開似錦。澗水湛如藍。一如君向西秦我之東魯。他既恁麼行。我却不恁麼行。与他雲門一倍相返。那箇恁麼行却易見。這箇却不恁麼行却難見。大竜不妨三寸甚密。雪竇頌云。
書き下し
若し大用大機無くんば、争でか恁麼に天を籠め地を罩むることを解せん。大いに明鏡の台に当たり、胡来れば胡現じ漢来れば漢現ずるに似たり。此の公案、花薬欄の話と一般なり。然れども意却つて同じからず。這の僧、問処明らかならず、大龍、答処恰好なり。見ずや、僧、雲門に問ふ、「樹凋み葉落つる時如何」。門云く、「体露金風」。此れ之を箭鋒相拄ふと謂ふ。這の僧、大龍に問ふ、「色身は敗壊す、如何なるか是れ堅固法身」。大龍云く、「山花開いて錦に似たり、澗水湛へて藍の如し」。一に君は西秦に向ひ、我は東魯に之くが如し。他既に恁麼に行けば、我は却つて恁麼に行かず。他の雲門と一倍相返す。那箇は恁麼に行いて却つて見易く、這箇は却つて恁麼に行かずして却つて見難し。大龍、妨げず三寸甚だ密なることを。雪竇頌して云く、
現代語訳
もし大いなるはたらきと大いなる機がなかったら、どうしてこのように天をすっぽり籠め地を覆うことができようか。まるで澄んだ鏡が台にあって、胡人が来れば胡人を映し、漢人が来れば漢人を映すようなものだ。この公案は花薬欄の話と同じ類いである。しかし意味合いはむしろ違う。この僧の問いははっきりしないが、大龍の答えはちょうど良い。知らないか、僧が雲門に「樹がしぼみ葉が落ちる時はどうですか」と問うと、雲門は「体露金風(からだがむき出しになって秋風に吹かれている)」と言った。これを矢の切っ先と切っ先が突き合うという。この僧は大龍に「肉体は壊れます。壊れない堅固な法身とは何ですか」と問い、大龍は「山の花が咲いて錦のよう、谷川の水は湛えて藍のよう」と言った。まるで君は西の秦へ向かい、私は東の魯へ行くようなものだ。相手がそう行けば、こちらはそう行かない。あの雲門とはちょうど正反対である。あちらは問いに沿って行くので見やすく、こちらは沿わずに行くのでかえって見にくい。大龍の舌先三寸は実に緻密である。雪竇は頌して言う。
解説
この章句が説くこと
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