碧巌録 / 第七十六則
鄧州丹霞天然禪師。不知何許人。初習儒學。將入長安應舉。方宿於逆旅。忽夢白光滿室。占者曰。解空之祥。偶一禪客問曰。仁者何往。曰。選官去。禪客曰。選官何如選佛。霞云。選佛當往何所。禪客曰。今江西馬大師出世。是選佛之場。仁者可往。遂直造江西。才見馬大師。以兩手托幞頭脚。馬師顧視云。吾非汝師。南嶽石頭處去。遽抵南嶽。還以前意投之。石頭云。著槽廠去。師禮謝。入行者堂。隨眾作務。凡三年。石頭一日告眾云。來日剗佛殿前草。至來日。大眾各備鍬鋤剗草。丹霞獨以盆盛水淨頭。於師前跪膝。石頭見而笑之。便與剃髮。又為說戒。丹霞掩耳而出。便往江西。再謁馬祖。未參禮。便去僧堂內。騎聖僧頸而坐。時大眾驚愕。急報馬祖。祖躬入堂。視之曰。我子天然。霞便下禮拜曰。謝師賜法號。因名天然
新字:鄧州丹霞天然禅師。不知何許人。初習儒学。将入長安応舉。方宿於逆旅。忽夢白光満室。占者曰。解空之祥。偶一禅客問曰。仁者何往。曰。選官去。禅客曰。選官何如選仏。霞云。選仏当往何所。禅客曰。今江西馬大師出世。是選仏之場。仁者可往。遂直造江西。才見馬大師。以両手托幞頭脚。馬師顧視云。吾非汝師。南嶽石頭処去。遽抵南嶽。還以前意投之。石頭云。著槽廠去。師礼謝。入行者堂。随衆作務。凡三年。石頭一日告衆云。来日剗仏殿前草。至来日。大衆各備鍬鋤剗草。丹霞独以盆盛水浄頭。於師前跪膝。石頭見而笑之。便与剃髪。又為説戒。丹霞掩耳而出。便往江西。再謁馬祖。未参礼。便去僧堂内。騎聖僧頸而坐。時大衆驚愕。急報馬祖。祖躬入堂。視之曰。我子天然。霞便下礼拝曰。謝師賜法号。因名天然
書き下し
鄧州丹霞天然禅師は、何許の人なるかを知らず。初め儒学を習ひ、将に長安に入つて挙に応ぜんとす。方に逆旅に宿るに、忽ち白光の室に満つるを夢む。占ふ者曰く、「解空の祥なり」。偶ま一禅客問うて曰く、「仁者何くにか往く」。曰く、「選官し去る」。禅客曰く、「選官は選仏に何如ぞ」。霞云く、「選仏は当に何れの所にか往くべき」。禅客曰く、「今、江西の馬大師出世す、是れ選仏の場なり。仁者往くべし」。遂に直に江西に造る。才かに馬大師に見ゆるや、両手を以て幞頭の脚を托ぐ。馬師顧視して云く、「吾は汝が師にあらず。南嶽石頭の処に去れ」。遽かに南嶽に抵り、還た前意を以て之に投ず。石頭云く、「槽廠に著き去れ」。師礼謝して行者堂に入り、衆に随つて作務すること凡そ三年。石頭一日衆に告げて云く、「来日、仏殿前の草を剗れ」。来日に至つて、大衆各おの鍬鋤を備へて草を剗る。丹霞独り盆を以て水を盛り頭を浄めて、師の前に跪膝す。石頭見て之を笑ひ、便ち与に剃髪し、又た為に戒を説く。丹霞耳を掩うて出で、便ち江西に往いて再び馬祖に謁す。未だ参礼せざるに、便ち僧堂の内に去つて、聖僧の頸に騎つて坐す。時に大衆驚愕して、急に馬祖に報ず。祖躬ら堂に入り、之を視て曰く、「我が子天然なり」。霞便ち下りて礼拝して曰く、「師の法号を賜ふことを謝す」。因つて天然と名づく。
現代語訳
鄧州の丹霞天然禅師は、どこの人かわからない。はじめ儒学を学び、長安に入って科挙を受けようとした。旅館に泊まったとき、ふと白い光が部屋に満ちる夢を見た。占い師は「空を悟るめでたいしるしだ」と言った。たまたま一人の禅僧が問うた。「あなたはどこへ行くのか」。「役人の選抜を受けに行く」。禅僧「役人に選ばれることは、仏に選ばれることと比べてどうか」。丹霞「仏に選ばれるにはどこへ行けばよいのか」。禅僧「いま江西に馬大師が世に出ておられる。そこが仏を選ぶ場だ。あなたは行くとよい」。そこでまっすぐ江西に向かった。馬大師に会うやいなや、両手で頭巾の脚を持ち上げた。馬祖は振り返って見て言った。「わしはおまえの師ではない。南嶽の石頭のところへ行け」。すぐに南嶽に至り、また前と同じ意図で石頭に身を投じた。石頭は「飼い葉桶の小屋へ行け」と言った。丹霞は礼を述べて行者堂に入り、皆とともに作務をすることおよそ三年。石頭はある日、皆に告げた。「明日は仏殿の前の草を刈れ」。翌日になると、皆はそれぞれ鍬や鋤を用意して草を刈った。丹霞だけは盆に水を盛って頭を洗い、師の前にひざまずいた。石頭はそれを見て笑い、すぐに剃髪してやり、また戒を説いた。丹霞は耳をふさいで出て行き、そのまま江西に行って再び馬祖に会った。まだ参礼もしないうちに僧堂に入って、聖僧の像の首にまたがって坐った。そのとき皆は驚いて、急いで馬祖に知らせた。馬祖は自ら堂に入り、これを見て言った。「わが子は天然だ」。丹霞はすぐに下りて礼拝して言った。「師が法号を賜ったことに感謝します」。それで天然と名づけられた。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』兼愛下然らば即ち敢えて問う。今、此に平原廣野有り、甲を被り胄を嬰け、將に往きて戰わんとし、死生の權、未だ識る可からざるなり。又た君大夫の巴・越・齊・荆に逺使する有り、往來して及ぶや否や、未だ及ぶや否や、識る可からざるなり。然らば即ち將に家室を、親戚を奉承し、妻子を提挈して、之を寄託せんとするに、識らず、兼に於て是れ有らんか、别に於て是れ有らんか。哉ぞ以て其の此に於けるに當たりては、天下に愚夫愚婦無く、兼を非とするの人と雖も、必ず之を兼に寄託するに是れ有らんと為さん。言いて兼を非とし、擇びては即ち此れ言行の拂うなり。識らず、天下の士の、皆な兼を聞きて之を非とする所以の者は、其の故、何ぞや。
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『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ず第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
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