学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ず
第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
書き下し
第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
現代語訳
第一に、人の働きには大小軽重の別があります。芝居も人の働き、学問も人の働き、人力車を挽くのも、蒸気船を動かすのも、鍬をとって農業をするのも、筆をふるって著述するのも、等しく人の働きですが、役者になることを好まず学者になろうと勤め、車挽きの仲間に入らず航海の術を学び、百姓の仕事を不満足として著述の業に従事するようなのは、働きの大小軽重を見分け、軽く小さなものを捨てて重く大きなものに従うものです。人として立派な事と言うべきです。そしてそれを見分けさせるものは何か。本人の心であり、また志です。こうした心と志のある人を名づけて、心事の高尚な人物と言います。ですから言います。人の心事は高尚でなければならず、心事が高尚でなければ働きもまた高尚になれないのです。
解説

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