孫子 / 行軍篇
令之以文,齊之以武,是謂必取。
新字:令之以文,斉之以武,是謂必取。
書き下し
之を令するに文を以てし、之を斉うるに武を以てす。是を必取と謂う。
現代語訳
兵を導くには、ふだんは仁愛や道理(文)で心を通わせ、いざというときは規律や刑罰(武)で統制を揃える。この二つがそろってはじめて、必ず勝てる軍となる。
解説
行軍篇で、人を率いる要諦を凝縮した一節です。孫子は、統率には「文」と「武」の両輪が要ると説きます。文とは、仁愛・道理・信頼で兵の心をつかむこと。武とは、規律・賞罰で行動を揃えること。優しさだけでは軍は緩み、厳しさだけでは心が離れる。両方がそろってはじめて「必取(必ず勝つ)」の軍になる、というのです。地形篇の「視卒如嬰児」(慈しみ)と対をなす、規律の側の教えでもあります。組織でも同じで、共感やビジョンで人を動かす力と、ルールや評価で規律を保つ力は、どちらか一方では機能しません。心を通わせながら、なすべき基準は揃える。文と武を両輪で回すことが、強いチームの条件だと、この一節は教えます。
この章句が説くこと
令之以文斉之以武選択文武両輪優位作戦統率
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