碧巌録 / 第六十三則
舉。南泉一日東西兩堂爭猫兒南泉見遂提起云。道得即不斬眾無對泉斬猫兒為兩段。
新字:舉。南泉一日東西両堂争猫児南泉見遂提起云。道得即不斬衆無対泉斬猫児為両段。
書き下し
挙す。南泉、一日東西の両堂猫児を争ふ。南泉見て遂に提起して云く、「道ひ得ば即ち斬らじ」。衆、対無し。泉、猫児を斬りて両段と為す。
現代語訳
取り上げる。南泉のところで、ある日、東堂と西堂の僧たちが一匹の猫をめぐって争った。南泉はそれを見て、猫をつまみ上げて言った。「一句言い得たなら斬らない」。衆は誰も答えられなかった。南泉は猫を斬って二つにした。
解説
南泉普願の名高い公案「南泉斬猫」の本則である。東西両堂の僧が猫をめぐって争うのを見た南泉は、猫を掲げて一句を求め、誰も答えられないので猫を斬った。殺生を戒める仏門で何をするのかと驚く話だが、この公案の焦点は斬ったことの是非ではなく、その場で何を言い得るかにある。争いの最中にいる者は、自分の立場を主張することに心を奪われ、問われたときに一言も出ない。対立に巻き込まれているときほど、目の前の問いに自分の言葉で応じられるかが試されるのである。
この章句が説くこと
南泉公案争い決断言葉
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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