碧巌録 / 第六十三則
垂示云。意路不到。正好提撕。言詮不及。宜急著眼。若也電轉星飛。便可傾湫倒嶽。眾中莫有辨得底麼。試舉看。
新字:垂示云。意路不到。正好提撕。言詮不及。宜急著眼。若也電転星飛。便可傾湫倒嶽。衆中莫有弁得底麼。試舉看。
書き下し
垂示に云く、意路到らざるところ、正に好し提撕するに。言詮及ばざるところ、宜しく急ぎ眼を著くべし。若也し電転じ星飛ばば、便ち湫を傾け嶽を倒すべし。衆中、辨得する底有ること莫しや。試みに挙し看ん。
現代語訳
垂示にいう。思慮の道筋が及ばないところこそ、まさに取り組むのによい。言葉の説明が届かないところにこそ、急いで眼をつけるべきである。もし稲妻が走り星が飛ぶような速さがあれば、淵を傾け山を倒すこともできよう。この中に、見分けられる者はいないか。試みに取り上げて見よう。
解説
圜悟の垂示である。考えが届かないところ、言葉で説明できないところにこそ、工夫すべき急所があると説く。普通は理解できる所から手をつけたくなるが、禅ではむしろ理解の届かない場所に眼をつけることを求める。そこで稲妻のような速さで応じることができれば、淵を傾け山を倒すほどの働きが出る。この垂示は、続く南泉斬猫の公案への導入である。実務でも、言語化できない違和感や理屈では割り切れない局面にこそ、本当の課題が潜んでいる。そこから目をそらさず、即座に応じる構えを持ちたいのである。
この章句が説くこと
垂示言葉修行直観着眼
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
-
『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
-
人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
-
論語・顔淵篇司馬牛、仁を問う。子曰く、「仁者は、其の言や訒し。」曰く、「其の言や訒しければ、斯れ之を仁と謂うか。」子曰く、「之を為すこと難し、之を言うこと訒きこと無きを得んや。」
-
『甲陽軍鑑』品第六如此の三楽も無果報〓にや終に一国とはたもたず、彼の三楽信玄公の背語申つることを聞て弥三楽を高上に存する也、古語に曰く、金以火ヲ試ミ人ハ以言ヲ試ム云々、人の善悪を云にて、其の者の行何計の者也としる可、人は人をほむるもそしるも大切ならん、九思一言ことはにけがのなきが実の武士ならん、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る