碧巌録 / 第六十則
只如雲門道。挂杖子化為龍。吞却乾坤了也。山河大地甚處得來。若道有則瞎。若道無則死。還見雲門為人處麼。還我拄杖子來。如今人不會他雲門獨露處。却道即色明心。附物顯理。且如釋迦老子四十九年說法。不可不知此議論。何故。更用拈花。迦葉微笑。這老漢便搽胡道。吾有正法眼藏涅槃妙心。分付摩訶大迦葉。更何必單傳心印。諸人既是祖師門下客。還明得單傳底心麼。胸中若有一物。山河大地。摐然現前胸中若無一物。外則了無絲毫。說什麼理與智冥境與神會。何故一會一切會。一明一切明。長沙道。學道之人不識真。只為從前認識神。無量劫來生死本。癡人喚作本來人。忽若打破陰界。身心一如身外無餘。猶未得一半在。說什麼即色明心附物顯理。
新字:只如雲門道。挂杖子化為竜。呑却乾坤了也。山河大地甚処得来。若道有則瞎。若道無則死。還見雲門為人処麼。還我拄杖子来。如今人不会他雲門独露処。却道即色明心。附物顕理。且如釈迦老子四十九年説法。不可不知此議論。何故。更用拈花。迦葉微笑。這老漢便搽胡道。吾有正法眼蔵涅槃妙心。分付摩訶大迦葉。更何必単伝心印。諸人既是祖師門下客。還明得単伝底心麼。胸中若有一物。山河大地。摐然現前胸中若無一物。外則了無糸毫。説什麼理与智冥境与神会。何故一会一切会。一明一切明。長沙道。学道之人不識真。只為従前認識神。無量劫来生死本。痴人喚作本来人。忽若打破陰界。身心一如身外無余。猶未得一半在。説什麼即色明心附物顕理。
書き下し
只だ雲門の道ふが如き、「拄杖子化して竜と為り、乾坤を呑却し了れり。山河大地甚れの処よりか得来たる」。若し有りと道へば則ち瞎し、若し無しと道へば則ち死す。還た雲門の人の為にする処を見るや。我に拄杖子を還し来たれ。如今の人は他の雲門の独露の処を会せず、却つて道ふ、「色に即して心を明らめ、物に附して理を顕す」と。且く釈迦老子四十九年の説法の如き、此の議論を知らざるべからず。何が故ぞ、更に拈花を用ひ、迦葉微笑す。這の老漢便ち搽胡して道ふ、「吾に正法眼蔵涅槃妙心有り、摩訶大迦葉に分付す」と。更に何ぞ必ずしも心印を単伝せん。諸人既に是れ祖師門下の客、還た単伝底の心を明らめ得たりや。胸中若し一物有らば、山河大地、摐然として現前す。胸中若し一物無くんば、外は則ち了に糸毫も無し。什麼の理と智と冥し、境と神と会すとか説かん。何が故ぞ。一会一切会、一明一切明。長沙道ふ、「学道の人真を識らざるは、只だ従前より識神を認むるが為なり。無量劫来生死の本、癡人喚んで本来人と作す」と。忽若し陰界を打破せば、身心一如、身外に余り無きも、猶ほ未だ一半を得ざること在り。什麼の色に即して心を明らめ、物に附して理を顕すとか説かん。
現代語訳
雲門は「この拄杖が竜と化して、天地を呑み込んでしまった。山河大地はどこから手に入れてきたのか」と言った。もし有ると言えば目が見えないのであり、もし無いと言えば死んでいるのである。雲門が人のためにはかるところが見えるか。わたしに拄杖を返してくれ。今の人は雲門がひとりあらわに示しているところを理解せず、かえって「色(物)に即して心を明らかにし、物に寄せて理を顕すのだ」と言う。釈迦老子の四十九年の説法でさえ、この議論を知らなかったわけではあるまい。それならなぜ、さらに拈花を用い、迦葉が微笑したのか。この老漢はそこででたらめを塗りつけて「わたしには正法眼蔵涅槃妙心がある。これを摩訶大迦葉に託す」と言った。それならどうして、ことさら心印を単独で伝える必要があったのか。諸君はすでに祖師の門下の客であるが、単伝された心を明らかにし得たか。胸の中にもし一物でもあれば、山河大地がずらりと目の前に現れる。胸の中にもし一物もなければ、外にはまったく髪の毛一筋ほどのものもない。何を理と智が冥合し、境と精神が出会うなどと説くのか。なぜか。一つが分かればすべてが分かり、一つが明らかになればすべてが明らかになるからだ。長沙は言った、「道を学ぶ人が真実を知らないのは、ただ以前から識神(はたらく意識)を自分と認めてきたからである。無量劫以来の生死の根本を、愚かな人は本来の人と呼ぶ」。たとえ五陰十八界を打ち破り、身と心が一つになり、身の外に何も余るものがなくなったとしても、まだ半分しか得ていない。何を色に即して心を明らかにし、物に寄せて理を顕すなどと説くのか。
解説
この章句が説くこと
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