碧巌録 / 第五十七則
僧問趙州。至道無難唯嫌揀擇。三祖信心銘劈頭便道這兩句。有多少人錯會。何故至道本無難。亦無不難。只是唯嫌揀擇。若恁麼會。一萬年也未夢見在。趙州常以此語問人。這僧將此語。倒去問他。若向語上覓。此僧却驚天動地。若不在語句上。又且如何更參三十年。這箇些子關捩子。須是轉得始解。捋虎鬚也須是本分手段始得。這僧也不顧危亡。敢捋虎鬚便道。此猶是揀擇。趙州劈口便塞道。田厙奴。什麼處是揀擇。若問著別底。便見脚忙手亂。爭奈這老漢是作家。向動不得處動。向轉不得處轉。爾若透得一切惡毒言句。乃至千差萬狀。世間戲論。皆是醍醐上味。若到著實處。方見趙州赤心片片。田厙奴。乃福唐人。鄉語罵人。似無意智相似。這僧道此猶是揀擇。趙州道田厙奴。什麼處是揀擇。宗師眼目。須至恁麼。如金翅鳥擘海直取龍吞。雪竇頌云。
新字:僧問趙州。至道無難唯嫌揀択。三祖信心銘劈頭便道這両句。有多少人錯会。何故至道本無難。亦無不難。只是唯嫌揀択。若恁麼会。一万年也未夢見在。趙州常以此語問人。這僧将此語。倒去問他。若向語上覓。此僧却驚天動地。若不在語句上。又且如何更参三十年。這箇些子関捩子。須是転得始解。捋虎鬚也須是本分手段始得。這僧也不顧危亡。敢捋虎鬚便道。此猶是揀択。趙州劈口便塞道。田厙奴。什麼処是揀択。若問著別底。便見脚忙手乱。争奈這老漢是作家。向動不得処動。向転不得処転。爾若透得一切悪毒言句。乃至千差万状。世間戯論。皆是醍醐上味。若到著実処。方見趙州赤心片片。田厙奴。乃福唐人。郷語罵人。似無意智相似。這僧道此猶是揀択。趙州道田厙奴。什麼処是揀択。宗師眼目。須至恁麼。如金翅鳥擘海直取竜呑。雪竇頌云。
書き下し
僧、趙州に問ふ、「至道無難、唯嫌揀択」。三祖の信心銘、劈頭に便ち這の両句を道ふ。多少の人有りて錯会す。何が故ぞ。至道は本と難無く、亦た難からざるも無し。只だ是れ唯だ揀択を嫌ふのみ。若し恁麼に会せば、一万年も也た未だ夢にも見ざること在り。趙州常に此の語を以て人に問ふ。這の僧此の語を将つて、倒に去いて他に問ふ。若し語上に向かつて覓めば、此の僧却つて天を驚かし地を動かす。若し語句の上に在らずんば、又た且く如何。更に参ぜよ三十年。這箇些子の関捩子、須らく是れ転得して始めて解すべし。虎鬚を捋づるも也た須らく是れ本分の手段にして始めて得べし。這の僧も也た危亡を顧みず、敢へて虎鬚を捋でて便ち道ふ、「此れ猶ほ是れ揀択」。趙州劈口に便ち塞いで道ふ、「田厙奴、什麼の処か是れ揀択」。若し別底に問著せば、便ち脚忙手乱を見ん。争奈せん這の老漢是れ作家なることを。動き得ざる処に向かつて動き、転じ得ざる処に向かつて転ず。爾若し一切の悪毒の言句を透得せば、乃至千差万状、世間の戯論も、皆是れ醍醐の上味なり。若し著実の処に到らば、方に趙州の赤心片片なることを見ん。田厙奴は、乃ち福唐の人の郷語にて人を罵る、意智無きに相似たり。這の僧「此れ猶ほ是れ揀択」と道ひ、趙州「田厙奴、什麼の処か是れ揀択」と道ふ。宗師の眼目、須らく恁麼に至るべし。金翅鳥の海を擘いて直に竜を取つて呑むが如し。雪竇頌して云く。
現代語訳
僧が趙州に「至道は難しくない、ただ選り好みを嫌うだけだ」について問うた。三祖の『信心銘』は冒頭にこの二句を言っている。多くの人が誤解している。なぜか。至道はもともと難しくもなく、難しくないということもない。ただ選り好みを嫌うだけだ、と。もしそのように理解するなら、一万年たっても夢にも見られないだろう。趙州はいつもこの語で人に問うていた。この僧はこの語を逆に持ち出して趙州に問うたのである。もし言葉の上で探すなら、この僧はかえって天を驚かし地を動かすほどの問いを発したことになる。もし言葉の上にないとすれば、ではどうなのか。さらに三十年参ぜよ。このわずかなからくりの要は、転じ得てはじめて分かる。虎のひげをなでるにも、本分の手腕があってはじめてできる。この僧も危険を顧みず、あえて虎のひげをなでて「それもやはり選り好みです」と言った。趙州は口をふさぐようにすぐ「この田舎者め、どこが選り好みだ」と言った。もし他の者が問われたなら、手足をばたつかせてうろたえたことだろう。どうしようもないことに、この老漢は名人である。動けないところで動き、転じられないところで転じる。君がもし一切の毒のある言葉を透り抜けるなら、千差万別、世間の戯れ言さえも、みな最上の醍醐の味となる。もし確かなところに至れば、はじめて趙州のまごころがすっかりさらけ出されていることが見えるだろう。田厙奴とは、福唐の人の方言で人を罵る言葉で、知恵のない者というような意味である。この僧が「それもやはり選り好みです」と言い、趙州が「この田舎者め、どこが選り好みだ」と言った。宗師の眼はこのようでなければならない。金翅鳥が海を切り裂いて、まっすぐ竜をつかんで呑み込むようなものである。雪竇は頌していう。
解説
この章句が説くこと
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