碧巌録 / 第五十五則
雪竇偏會下注脚。他是雲門下兒孫。凡一句中。具三句底鉗鎚。向難道處道破。向撥不開處撥開。去他緊要處頌出。直道兔馬有角。牛羊無角。且道兔馬為什麼有角。牛羊為什麼却無角。若透得前話。始知雪竇有為人處。有者錯會道。不道便是道。無句是有句。兔馬無角。却云有角。牛羊有角。却云無角。且得沒交涉。殊不知。古人千變萬化。現如此神通。只為打破爾這精靈鬼窟。若透得去。不消一箇了字。兔馬有角牛羊無角。絕毫絕氂。如山如嶽。這四句。似摩尼寶珠一顆相似。雪竇渾淪地。吐在爾面前了也。末後皆是據欵結案。黃金靈骨。今猶在。白浪滔天何處著。此頌石霜與大原孚語。為什麼無處著。隻履西歸曾失却。靈龜曳尾。此是雪竇轉身為人處。古人道。他參活句不參死句。既是失却。他一火為什麼。却競頭爭。
新字:雪竇偏会下注脚。他是雲門下児孫。凡一句中。具三句底鉗鎚。向難道処道破。向撥不開処撥開。去他緊要処頌出。直道兔馬有角。牛羊無角。且道兔馬為什麼有角。牛羊為什麼却無角。若透得前話。始知雪竇有為人処。有者錯会道。不道便是道。無句是有句。兔馬無角。却云有角。牛羊有角。却云無角。且得没交渉。殊不知。古人千変万化。現如此神通。只為打破爾這精霊鬼窟。若透得去。不消一箇了字。兔馬有角牛羊無角。絶毫絶氂。如山如嶽。這四句。似摩尼宝珠一顆相似。雪竇渾淪地。吐在爾面前了也。末後皆是拠欵結案。黄金霊骨。今猶在。白浪滔天何処著。此頌石霜与大原孚語。為什麼無処著。隻履西帰曽失却。霊亀曳尾。此是雪竇転身為人処。古人道。他参活句不参死句。既是失却。他一火為什麼。却競頭争。
書き下し
雪竇偏に注脚を下すことを会す。他は是れ雲門下の児孫、凡そ一句の中に三句を具する底の鉗鎚あり。道ひ難き処に向かつて道破し、撥き開かざる処に向かつて撥開し、他の緊要の処に去いて頌出す。直に道ふ、「兎馬に角有り、牛羊に角無し」と。且く道へ、兎馬什麼としてか角有り、牛羊什麼としてか却つて角無き。若し前話を透得せば、始めて雪竇に人の為にする処有ることを知らん。有る者は錯会して道ふ、「道はざるは便ち是れ道ふなり、無句は是れ有句なり。兎馬に角無きを却つて角有りと云ひ、牛羊に角有るを却つて角無しと云ふ」と。且らく没交渉なることを得たり。殊に知らず、古人千変万化して此の如きの神通を現ずるは、只だ爾が這の精霊の鬼窟を打破せんが為なることを。若し透得し去らば、一箇の了の字を消ひず。「兎馬に角有り、牛羊に角無し。毫を絶し氂を絶し、山の如く嶽の如し」。這の四句は、摩尼宝珠一顆に相似たり。雪竇渾淪地に爾が面前に吐き了れり。末後は皆是れ欵に拠つて案を結す。「黄金の霊骨今猶ほ在り、白浪滔天何れの処にか著けん」。此れは石霜と太原孚の語を頌す。什麼としてか著くる処無き。「隻履西に帰つて曽て失却す」。霊亀尾を曳く。此れは是れ雪竇の転身して人の為にする処なり。古人道ふ、「他は活句に参じて死句に参ぜず」と。既に是れ失却す、他の一火什麼としてか却つて頭を競うて争ふ。
現代語訳
雪竇はとりわけ注釈を下すのがうまい。彼は雲門の門下の子孫であり、一句の中に三句を具える鍛え方をもっている。言いがたいところで言い破り、こじ開けられないところをこじ開け、肝心かなめのところへ行って頌に詠み出す。まっすぐに「兎や馬に角があり、牛や羊に角がない」と言う。さて言ってみよ、兎や馬になぜ角があり、牛や羊になぜ角がないのか。もし前の話を透り抜ければ、はじめて雪竇に人のためにはかるところがあると知るだろう。ある者は誤解して「言わないのがそのまま言うことであり、無句が有句である。兎や馬に角がないのに角があると言い、牛や羊に角があるのに角がないと言うのだ」と言う。まったく見当違いである。古人が千変万化してこのような神通を現すのは、ただ君のこの亡霊の巣くう洞窟を打ち破るためであることを知らないのだ。もし透り抜ければ、「了(わかった)」の一字さえ要らない。「兎や馬に角があり、牛や羊に角がない。毛筋ほども絶え、山のように岳のようだ」。この四句は、摩尼宝珠一粒のようなものである。雪竇はそれを丸ごと君の目の前に吐き出してしまった。最後の句はみな供述に基づいて判決を下したものである。「黄金の霊骨は今もなおある。白波が天までみなぎる中、どこに置こうか」。これは石霜と太原孚の言葉を頌している。なぜ置くところがないのか。「片方の履をさげて西へ帰った達磨も、すでにそれを失ってしまった」。霊妙な亀が尾を引きずって跡を残すようなものだ。これは雪竇が身を転じて人のためにはかるところである。古人は「彼は活きた句に参じて、死んだ句には参じない」と言った。すでに失ってしまったものを、あの連中はなぜ先を争って奪い合うのか。
解説
この章句が説くこと
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