碧巌録 / 第五十五則
兔馬有角 牛羊無角絕毫絕氂 如山如嶽黃金靈骨今猶在白浪滔天何處著無處著 隻履西歸曾失却
新字:兔馬有角 牛羊無角絶毫絶氂 如山如嶽黄金霊骨今猶在白浪滔天何処著無処著 隻履西帰曽失却
書き下し
兎馬に角有り、牛羊に角無し。毫を絶し氂を絶し、山の如く嶽の如し。黄金の霊骨今猶ほ在り、白浪滔天何れの処にか著けん。著くる処無し、隻履西に帰つて曽て失却す。
現代語訳
兎や馬に角があり、牛や羊に角がない。ごくわずかな毛筋ほども絶えていながら、山のように岳のようにそびえる。黄金の霊骨は今もなおある。白波が天までみなぎる中、どこに置こうか。置くところはない。片方の履をさげて西へ帰った達磨も、すでにそれを失ってしまった。
解説
雪竇が第五十五則に付けた頌である。「兎馬に角有り、牛羊に角無し」は、常識とは逆の言い方で、生か死かという二分の物差しそのものを揺さぶる。毛筋ほどもないのに山や岳のようにそびえるという句も、有と無、小と大の分別を超えたものを示す。後半は石霜の「白浪滔天」と太原孚の「霊骨猶ほ在り」を受け、黄金の霊骨は今もあるが置く場所はないと詠む。最後に、片方の履を残して西へ帰ったという達磨の伝説を引いて結ぶ。当たり前の区分をいったん疑うことが、新しい見方を開くきっかけになると教えてくれる。
この章句が説くこと
雪竇頌生死分別霊骨達磨
関連する章句
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『碧巌録』第五十五則雪竇偏に注脚を下すことを会す。他は是れ雲門下の児孫、凡そ一句の中に三句を具する底の鉗鎚あり。道ひ難き処に向かつて道破し、撥き開かざる処に向かつて撥開し、他の緊要の処に去いて頌出す。直に道ふ、「兎馬に角有り、牛羊に角無し」と。且く道へ、兎馬什麼としてか角有り、牛羊什麼としてか却つて角無き。若し前話を透得せば、始めて雪竇に人の為にする処有ることを知らん。有る者は錯会して道ふ、「道はざるは便ち是れ道ふなり、無句は是れ有句なり。兎馬に角無きを却つて角有りと云ひ、牛羊に角有るを却つて角無しと云ふ」と。且らく没交渉なることを得たり。殊に知らず、古人千変万化して此の如きの神通を現ずるは、只だ爾が這の精霊の鬼窟を打破せんが為なることを。若し透得し去らば、一箇の了の字を消ひず。「兎馬に角有り、牛羊に角無し。毫を絶し氂を絶し、山の如く嶽の如し」。這の四句は、摩尼宝珠一顆に相似たり。雪竇渾淪地に爾が面前に吐き了れり。末後は皆是れ欵に拠つて案を結す。「黄金の霊骨今猶ほ在り、白浪滔天何れの処にか著けん」。此れは石霜と太原孚の語を頌す。什麼としてか著くる処無き。「隻履西に帰つて曽て失却す」。霊亀尾を曳く。此れは是れ雪竇の転身して人の為にする処なり。古人道ふ、「他は活句に参じて死句に参ぜず」と。既に是れ失却す、他の一火什麼としてか却つて頭を競うて争ふ。
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