碧巌録 / 第五十則
垂示云。度越階級超絕方便。機機相應。句句相投。儻非入大解脫門。得大解脫用。何以權衡佛祖。龜鑑宗乘。且道當機直截。逆順縱橫。如何道得出身句。試請舉看。
新字:垂示云。度越階級超絶方便。機機相応。句句相投。儻非入大解脱門。得大解脱用。何以権衡仏祖。亀鑑宗乗。且道当機直截。逆順縦横。如何道得出身句。試請舉看。
書き下し
垂示に云く、階級を度越し、方便を超絶す。機機相応じ、句句相投ず。儻し大解脱門に入つて、大解脱の用を得るに非ずんば、何を以てか仏祖を権衡し、宗乗を亀鑑せん。且く道へ、当機直截、逆順縦横、如何が出身の句を道ひ得ん。試みに請ふ挙し看よ。
現代語訳
垂示に言う。段階を飛び越え、方便を超え絶する。働きと働きとが互いに応じ合い、句と句とがぴたりと投合する。もし大いなる解脱の門に入って、大いなる解脱の働きを得ているのでなければ、どうして仏祖を秤にかけ、宗門の教えの手本とすることができようか。さあ言ってみよ、機に当たってずばりと断ち、逆にも順にも縦横自在であって、どのように身を抜け出る句を言うことができるか。試みに取り上げてみよう。
解説
第五十則の冒頭に置かれた圜悟の垂示である。修行の階梯や手段としての方便を飛び越え、働きと働き、句と句がぴたりと応じ合う境地をまず示す。そうした大解脱の働きを得ていなければ、仏祖を量り宗門の手本とすることはできないと言う。そのうえで、機に当たって直截に断ち、逆順縦横に自在でありながら、どう出身の句を言い得るかと問う。続く雲門の塵塵三昧の問答が、その答えの一例として示される。段取りや手順を超えて、場面に即した一言が言えるかどうかが問われているのである。
この章句が説くこと
垂示解脱方便言葉自由出身
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