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碧巌録 / 第四十七則

垂示云。天何言哉。四時行焉。地何言哉。萬物生焉。向四時行處。可以見體。於萬物生處。可以見用。且道向什麼處見得衲僧。離却言語動用行住坐臥。併却咽喉唇吻。還辨得麼。舉。僧問雲門。如何是法身門云。六不收。

新字:垂示云。天何言哉。四時行焉。地何言哉。万物生焉。向四時行処。可以見体。於万物生処。可以見用。且道向什麼処見得衲僧。離却言語動用行住坐臥。併却咽喉唇吻。還弁得麼。舉。僧問雲門。如何是法身門云。六不収。

書き下し

垂示に云く、天何をか言ふや、四時行はる。地何をか言ふや、万物生ず。四時の行はるる処に向かつて、以て体を見るべし。万物の生ずる処に於いて、以て用を見るべし。且く道へ、什麼の処に向かつてか衲僧を見得せん。言語・動用・行住坐臥を離却し、咽喉唇吻を併却して、還つて弁得すや。挙す。僧、雲門に問ふ、「如何なるか是れ法身」。門云く、「六不収」。

現代語訳

垂示に言う。天は何を言うだろうか、それでも四季はめぐる。地は何を言うだろうか、それでも万物は生じる。四季がめぐるところに体(本体)を見ることができ、万物が生じるところに用(働き)を見ることができる。さあ言ってみよ、どこに禅僧を見て取るか。言葉も動作も、行くも止まるも座るも臥すも離れ、喉も唇も閉ざして、それでも見分けることができるか。取り上げる。ある僧が雲門に問うた。「法身とは何か」。雲門は言った。「六では収まらない」。

解説

第四十七則の垂示と本則である。本則が二十字に満たないため垂示と一つにした。圜悟は『論語』の天何をか言はんやを踏まえ、天地は語らずとも四季はめぐり万物は生じると述べ、そこに体と用を見よと説く。そして言葉も動作も離れ、口を閉ざしてなお見分けられるかと問う。本則では、僧が仏の真理そのものである法身とは何かと問い、雲門文偃は六不収、六では収め取れないと答えた。六が何を指すかを特定させない一句が、かえって法身の捉えがたさを示している。語らずとも結果で示す天地の在り方は、実務に生きる人の手本でもある。

この章句が説くこと

公案法身言葉体用雲門六不収

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