碧巌録 / 第四十三則
獹。曹洞下有出世不出世。有垂手不垂手。若不出世目視雲霄。若出世便灰頭土面。目視雲霄即是萬仞峯頭。灰頭土面即是垂手邊事。有時灰頭土面即在萬仞峯頭。有時萬仞峯頭即是灰頭土面。其實入鄽垂手。與孤峯獨立一般。歸源了性與差別智無異。切忌作兩橛會。所以道。垂手還同萬仞崖。直是無爾湊泊處。正偏何必在安排。若到用時。自然如此。不在安排也。此頌洞山答處。後面道。琉璃古殿照明月。忍俊韓獹空上階。此正頌這僧逐言語走。洞下有此石女木馬無底籃。夜明珠。死蛇等十八般。大綱只明正位。如月照琉璃古殿。似有圓影。洞山答道。何不向無寒暑處去。其僧一似韓獹逐塊。連忙上階。捉其月影相似。又問。如何是無寒暑處。山云。寒時寒殺闍黎。熱時熱殺闍黎。如韓獹逐塊走到階上。又却不見月影。韓獹乃出戰國策。云韓氏之獹駿狗也。中山之兔狡兔也。是其獹方能尋其兔。雪竇引以喻這僧也。只如諸人。還識洞山為人處麼。良久云。討甚兔子。
新字:獹。曹洞下有出世不出世。有垂手不垂手。若不出世目視雲霄。若出世便灰頭土面。目視雲霄即是万仞峯頭。灰頭土面即是垂手辺事。有時灰頭土面即在万仞峯頭。有時万仞峯頭即是灰頭土面。其実入鄽垂手。与孤峯独立一般。帰源了性与差別智無異。切忌作両橛会。所以道。垂手還同万仞崖。直是無爾湊泊処。正偏何必在安排。若到用時。自然如此。不在安排也。此頌洞山答処。後面道。琉璃古殿照明月。忍俊韓獹空上階。此正頌這僧逐言語走。洞下有此石女木馬無底籃。夜明珠。死蛇等十八般。大綱只明正位。如月照琉璃古殿。似有円影。洞山答道。何不向無寒暑処去。其僧一似韓獹逐塊。連忙上階。捉其月影相似。又問。如何是無寒暑処。山云。寒時寒殺闍黎。熱時熱殺闍黎。如韓獹逐塊走到階上。又却不見月影。韓獹乃出戦国策。云韓氏之獹駿狗也。中山之兔狡兔也。是其獹方能尋其兔。雪竇引以喩這僧也。只如諸人。還識洞山為人処麼。良久云。討甚兔子。
書き下し
獹(字音の注)。曹洞下に出世・不出世有り、垂手・不垂手有り。若し出世せずんば目は雲霄を視、若し出世せば便ち灰頭土面。目雲霄を視るは即ち是れ万仞峰頭、灰頭土面は即ち是れ垂手辺の事。有る時は灰頭土面即ち万仞峰頭に在り、有る時は万仞峰頭即ち是れ灰頭土面。其の実、鄽に入り手を垂るると、孤峰に独立すると一般なり。帰源了性と差別智と異なること無し。切に忌む両橛の会を作すことを。所以に道ふ、「垂手還つて万仞の崖に同じ」。直に是れ汝が湊泊する処無し。「正偏何ぞ必ずしも安排に在らん」。若し用ふる時に到らば、自然に此くの如し、安排に在らざるなり。此れは洞山の答処を頌す。後面に道ふ、「瑠璃の古殿明月を照らす、忍俊たる韓獹空しく階を上る」。此れは正に這の僧の言語を逐うて走るを頌す。洞下に此の石女・木馬・無底籃・夜明珠・死蛇等十八般有り、大綱只だ正位を明かす。月の瑠璃の古殿を照らして、円影有るに似たるが如し。洞山答へて道ふ、「何ぞ無寒暑の処に向かつて去らざる」。其の僧一に韓獹の塊を逐ふに似て、連忙として階を上り、其の月影を捉ふるに相似たり。又問ふ、「如何なるか是れ無寒暑の処」。山云く、「寒時は闍黎を寒殺し、熱時は闍黎を熱殺す」。韓獹の塊を逐うて走つて階上に到り、又却つて月影を見ざるが如し。韓獹は乃ち戦国策に出づ。云く、「韓氏の獹は駿狗なり、中山の兔は狡兔なり」。是れ其の獹にして方に能く其の兔を尋ぬ。雪竇引いて以て這の僧に喩ふるなり。只だ諸人の如きは、還つて洞山の為人の処を識るや。良久して云く、「甚の兔子をか討ねん」。
現代語訳
(「獹」は字音の注の見出し字。)曹洞の門下には、世に出て人を導くことと出ないこと、手を垂れることと垂れないことがある。世に出なければ目は大空を見ており、世に出れば灰をかぶり土にまみれる。目が大空を見るのは万仞の峰の頂であり、灰をかぶり土にまみれるのは手を垂れる側の事である。ある時は灰にまみれていながら万仞の峰の頂にあり、ある時は万仞の峰の頂がそのまま灰にまみれた姿である。実は、町に入って手を垂れることと、孤峰に独り立つことは同じである。源に帰って本性を了ることと、差別を見分ける智とは異ならない。決して二つに切り分けて理解してはならない。それゆえ「手を垂れて人を導くことは、かえって万仞の崖に立つことと同じ」と言う。まったく取りつく所がない。「正と偏とが、どうして手配りの中にあろうか」。用いる時になれば自然にそうなるのであって、手配りによるのではない。これは洞山の答えのところを頌したものである。後半に「瑠璃の古い御殿を明月が照らしている。こらえきれない韓の猟犬が、むなしく階段を駆け上がる」と言う。これはまさに、この僧が言葉を追って走ることを頌したものである。洞山の門下には、石の女、木の馬、底のない籠、夜光の珠、死んだ蛇など十八種の言い回しがあるが、大筋はただ正位を明らかにするものである。月が瑠璃の古い御殿を照らして、丸い影があるように見えるようなものだ。洞山が「なぜ寒さも暑さもない所へ行かないのか」と答えると、その僧はまるで韓の猟犬が土くれを追うように、慌てて階段を駆け上がり、その月影を捕らえようとした。また「寒さも暑さもない所とはどこか」と問い、洞山が「寒い時はお前を寒さで殺し、暑い時はお前を暑さで殺す」と言うと、猟犬が土くれを追って階段の上まで走ったのに、かえって月影が見えなくなったようなものである。韓獹は『戦国策』に出る。「韓氏の獹は駿足の犬であり、中山の兎はずる賢い兎である」とある。この犬であってはじめてその兎を探し出せるのである。雪竇はこれを引いてこの僧にたとえた。さて皆さんは、洞山が人を導いたところが分かるか。しばらく黙って言った。「何の兎を探すのか」。
解説
この章句が説くこと
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