碧巌録 / 第四十三則
垂示云。定乾坤句。萬世共遵。擒虎兕機。千聖莫辨。直下更無纖翳。全機隨處齊彰。要明向上鉗鎚。須是作家爐韛。且道從上來還有恁麼家風也無。試舉看。
新字:垂示云。定乾坤句。万世共遵。擒虎兕機。千聖莫弁。直下更無繊翳。全機随処斉彰。要明向上鉗鎚。須是作家炉韛。且道従上来還有恁麼家風也無。試舉看。
書き下し
垂示に云く、乾坤を定むる句は、万世共に遵ひ、虎兕を擒ふる機は、千聖も弁ずる莫し。直下に更に繊翳無く、全機随処に斉しく彰はる。向上の鉗鎚を明らめんと要せば、須らく是れ作家の炉韛なるべし。且く道へ、従上来還つて恁麼の家風有りや無しや。試みに挙し看よ。
現代語訳
垂示に言う。天地を定める一句は、万世にわたって皆が従い、虎や野牛を捕らえる機は、千人の聖者でも見分けられない。そのままでわずかの曇りもなく、全体の働きが至るところで等しく現れている。向上の鉗と鎚(鍛える手立て)を明らかにしようとするなら、練達の者の炉と鞴でなければならない。さあ言ってみよ、昔からこのような家風があったかどうか。試みに取り上げてみよう。
解説
第四十三則の冒頭に置かれた圜悟の垂示である。天地を定める一句は誰もが従う普遍の言葉であり、虎や野牛を捕らえる働きは聖者にも見分けられない鋭さを持つと言う。そこには一点の曇りもなく、働きの全体がどこにでも現れている。そうした向上の鍛錬を明らかにするには、練達の師家という炉と鞴が必要だと説く。続く洞山の寒暑の問答が、まさにその家風の実例として示される。人を鍛える場には、鍛える側の器量そのものが問われるのである。炉韛とは鍛冶の炉とふいごのことである。
この章句が説くこと
垂示鉗鎚作家修行指導家風
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