碧巌録 / 第三十九則
花藥欄 莫顢頇 星在秤兮不在盤便恁麼 太無端金毛獅子大家看
新字:花薬欄 莫顢頇 星在秤兮不在盤便恁麼 太無端金毛獅子大家看
書き下し
花薬欄、顢頇なること莫れ。星は秤に在りて盤に在らず。便ち恁麼、太だ端無し。金毛の獅子大家看よ。
現代語訳
花薬欄。ぼんやりしていてはならない。目盛りは竿にあって、皿にはない。そのとおりに受け取って行くとは、あまりにとりとめがない。金色のたてがみの獅子を、皆で見よ。
解説
第三十九則に雪竇が付けた頌である。花薬欄と本則の答えを掲げ、すぐに顢頇なること莫れ、ぼんやり受け取るなと釘を刺す。星は秤に在りて盤に在らずとは、重さを示す目盛りは竿にあって物を載せる皿にはないということで、雲門の意は花薬欄という物の上にはないと示す。後半は僧の便恁麼去時如何を受けて、太だ端無し、あまりにとりとめがないと評し、金毛の獅子を皆で見よと結ぶ。成果物という皿ばかりを見て、それを量る物差しを見落としていないか。評価の基準そのものに目を向けさせる頌である。
この章句が説くこと
頌雪竇本質花薬欄獅子判断
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