碧巌録 / 第三十四則
出草入草誰解尋討。雪竇却知他落處。到這裏。一手擡一手搦。白雲重重紅日杲杲。大似草茸茸煙羃羃。到這裏無一絲毫屬凡。無一絲毫屬聖。遍界不曾藏。一一蓋覆不得。所謂無心境界。寒不聞寒。熱不聞熱。都盧是箇大解脫門。左顧無瑕右盻已老。懶瓚和尚。隱居衡山石室中。唐德宗聞其名。遣使召之。使者至其室宣言。天子有詔。尊者當起謝恩。瓚方撥牛糞火。尋煨芋而食。寒涕垂頤未甞答。使者笑曰。且勸尊者拭涕。瓚曰。我豈有工夫為俗人拭涕耶。竟不起。使回奏。德宗甚欽嘆之。似這般清寥寥白的的。不受人處分。直是把得定。如生鐵鑄就相似。
新字:出草入草誰解尋討。雪竇却知他落処。到這裏。一手擡一手搦。白雲重重紅日杲杲。大似草茸茸煙羃羃。到這裏無一糸毫属凡。無一糸毫属聖。遍界不曽蔵。一一蓋覆不得。所謂無心境界。寒不聞寒。熱不聞熱。都盧是箇大解脱門。左顧無瑕右盻已老。懶瓚和尚。隠居衡山石室中。唐徳宗聞其名。遣使召之。使者至其室宣言。天子有詔。尊者当起謝恩。瓚方撥牛糞火。尋煨芋而食。寒涕垂頤未甞答。使者笑曰。且勧尊者拭涕。瓚曰。我豈有工夫為俗人拭涕耶。竟不起。使回奏。徳宗甚欽嘆之。似這般清寥寥白的的。不受人処分。直是把得定。如生鉄鋳就相似。
書き下し
出草入草、誰か尋討することを解せん。雪竇却つて他の落処を知る。這裏に到りては、一手は擡げ一手は搦ふ。白雲重重、紅日杲杲。大いに草茸茸、煙羃羃に似たり。這裏に到りては、一糸毫も凡に属する無く、一糸毫も聖に属する無し。遍界曾て蔵さず、一一蓋覆し得ず。所謂無心の境界なり。寒くも寒を聞かず、熱きも熱を聞かず。都盧是れ箇の大解脱門なり。左に顧みれば瑕無く、右に盻れば已に老ゆ。懶瓚和尚、衡山の石室の中に隠居す。唐の徳宗其の名を聞き、使を遣はして之を召す。使者其の室に至りて宣言す、天子詔有り、尊者当に起ちて恩を謝すべしと。瓚方に牛糞の火を撥ひて、煨芋を尋ねて食ふ。寒涕頤に垂れて未だ嘗て答へず。使者笑ひて曰く、且く勧む尊者涕を拭へと。瓚曰く、我れ豈に工夫有りて俗人の為に涕を拭はんやと。竟に起たず。使回りて奏す。徳宗甚だ之を欽嘆す。這般の清寥寥白的的に似て、人の処分を受けず、直に是れ把得定して、生鉄もて鋳就するが如くに相似たり。
現代語訳
「草の外へ出たり草の中へ入ったり、それを誰が尋ね求めることができよう」。雪竇はかえってその要のところを知っている。ここに至っては、片手で持ち上げ、片手で押さえこむ。「白い雲は幾重にも重なり、赤い日は明るく照らす」。まるで草がぼうぼうと茂り、もやが立ちこめているようだ。ここに至っては、毛筋ほども凡夫に属するものはなく、毛筋ほども聖者に属するものもない。世界のどこにも隠されておらず、一つ一つ覆い隠すこともできない。いわゆる無心の境地である。寒くても寒さを気にせず、暑くても暑さを気にしない。すべてがそのまま大いなる解脱の門である。「左を顧みれば一点の傷もなく、右を見やればすでに老いている」。懶瓚和尚は衡山の石室に隠れ住んでいた。唐の徳宗がその名を聞き、使者を遣わして召し出そうとした。使者が石室に着いて「天子の詔である。尊者は立って恩を謝すべきである」と告げた。懶瓚はちょうど牛糞の火をかき分けて、焼いた芋を探して食べているところで、寒さで鼻水があごまで垂れていたが、まったく答えなかった。使者は笑って言った、「まずは尊者、鼻水をお拭きなさい」。懶瓚は言った、「俗人のために鼻水を拭く暇などわたしにあるものか」。ついに立たなかった。使者が帰って奏上すると、徳宗は深く感嘆した。このように清らかでさっぱりとして混じりけがなく、人の指図を受けず、ただしっかりと押さえて揺るがないさまは、生の鉄で鋳あげたようである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 孝武本紀至)愈えず。游水発根乃ち言ひて曰く、「上郡に巫有り、病みて鬼之に下る。」と。上召して之を甘泉に置きて祠る。病むに及び、人をして神君に問はしむ。神君言ひて曰く、「天子病を憂ふる毋かれ。病少しく愈えなば、彊ひて我と甘泉に会せよ。」と。是に於て病愈え、遂に甘泉に幸す、病良(まこと)に已む。天下に大赦し、寿宮の神君を置く。神君の最も貴き者は(大夫)[太一]、其の佐を大禁・司命の属と曰ひ、皆之に従ふ。見るを得べきに非ず、其の音を聞く、人の言と等し。時に去り時に来たる、来たれば則ち風粛然たり。室の帷中に居る。時に昼言ふ、然れども常に夜を以てす。天子祓ひ、然る後に入る。巫に因りて主人と為し、飲食を関す。欲する所の者言へば行下す。又寿宮・北宮を置き、羽旗を張り、供具を設け、以て神君を礼す。神君の言ふ所、上人をして受けて其の言を書かしめ、之を命じて「画法」と曰ふ。其の語る所は、世俗の知る所なり、絶殊なる者毋し、而して天子独り喜ぶ。其の事秘にして、世知る莫きなり。其の後三年、有司言ふ元は宜しく天瑞を以て命ずべし、宜しく一二を以て数ふべからずと。一元を建元と曰ひ、二元は長星を以て元光と曰ひ、三元は郊して一角の獣を得たるを以て元狩と曰ふと云ふ。其の明年冬、天子雍に郊し、議して曰く、「今上帝は朕親ら郊す、而して后土は祀る毋し、則ち礼答へず。」と。有司太史公・祠官寛舒等と議す、「天地の牲は角繭栗なり。今陛下親ら后土を祀る、后土は宜しく沢中の圜丘に於て五壇を為り、壇ごとに一黄犢の太牢の具、已に祠らば尽く瘞め、而して祠に従ふものは衣黄を上ぶべし。」と。是に於て天子遂に東し、始めて后土の祠を汾陰の脽上に立つること、寛舒等の議の如くす。上親ら望拝すること、上帝の礼の如くす。礼畢り、天子遂に滎陽に至りて還る。雒陽を過ぎ、詔を下して曰く、「三代は邈絶し、遠くして存し難し。其れ三十里の地を以て周の後を封じて周子南君と為し、以て先王の祀を奉ぜしめよ。」と。
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『呻吟語』外篇・聖賢・儒者は理を認むるを要す賢人の言は聖人に視ぶれば未だ病有るを免れず。此れ其の大較のみ。怪しむ可きは俗儒の是れ聖人の語と說くを見れば、便ち其の短を迴護して類を推して以て通を求め、是れ賢人の言と說くを見れば、便ち其の疵を洗索して文を深くして以て過を求むるなり。是の故に儒者は理を認むるを要す。理の在る所は、狂夫の言と雖も、聖人に異ならず。聖人豈に一時の感に出でて、當然不易の訓と為す可からざる者無からんや。
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史記 周本紀是に於て諸侯乃ち申侯に即きて共に故の幽王の太子宜臼を立つ。是を平王と為し、以て周の祀を奉ず。平王立ちて、東のかた雒邑に遷り、戎寇を辟く。平王の時、周室衰微し、諸侯彊は弱を并せ、斉・楚・秦・晋始めて大きく、政は方伯に由る。四十九年、魯の隠公即位す。五十一年、平王崩ず。太子洩父早く死し、其の子林を立つ。是を桓王と為す。桓王は、平王の孫なり。桓王の三年、鄭の荘公朝す。桓王礼せず。五年、鄭怨み、魯と許田を易ふ。許田は、天子の太山に事を用ゐるの田なり。八年、魯隠公を殺し、桓公を立つ。十三年、鄭を伐つ。鄭桓王を射傷し、桓王去りて帰る。二十三年、桓王崩じ、子荘王佗立つ。荘王の四年、周公黒肩荘王を殺して王子克を立てんと欲す。辛伯王に告げ、王周公を殺す。王子克燕に奔る。十五年、荘王崩じ、子釐王胡斉立つ。釐王の三年、斉の桓公始めて霸たり。五年、釐王崩じ、子恵王閬立つ。恵王の二年。初め、荘王姚を嬖姫とし、子穨を生む。穨寵有り。恵王即位するに及び、其の大臣の園を奪ひて以て囿と為す。故に大夫辺伯等五人乱を作し、燕・衛の師を召して、恵王を伐たんと謀る。恵王温に犇り、已にして鄭の櫟に居る。釐王の弟穨を立てて王と為す。楽して徧舞に及ぶ。鄭・虢の君怒る。四年、鄭と虢の君王穨を伐ちて殺し、復た恵王を入る。恵王の十年、斉の桓公に賜ひて伯と為す。二十五年、恵王崩じ、子襄王鄭立つ。襄王の母蚤く死し、後母を恵后と曰ふ。恵后叔帯を生み、恵王に寵有り、襄王之を畏る。三年、叔帯戎・翟と謀りて襄王を伐たんとす。襄王叔帯を誅せんと欲し、叔帯斉に奔る。斉の桓公管仲をして戎を周に平らげしめ、隰朋をして戎を晋に平らげしむ。王上卿の礼を以て管仲を礼す。
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『甲陽軍鑑』品第十三去る程に鎌倉の公方を守護し奉る国々は相摸·武蔵·上野·下野·安房·上総·出羽·奥州·佐渡·越後·信濃·飛弾此国々の侍衆、大身·小身ともに悉く守護豊饒の様子なり、併公方世が世にてましますときより、上杉諸侍の棟梁と有る上意を承はつて推量候へば、諸国の侍大小皆此管領一人のさいはいを守る、両上杉とは申せども先山内殿を肝要に用ゆる故、結句後には公方をわきへなし奉り、十人は七人山内殿二人、扇谷へと申て、公方様へは漸々一人も出仕いたさずしてゐたるにより、公方の御仕合せ如此に候へども、山内殿に楯をつく侍一人としてなき故、少しも子細なく治る、
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『墨子』節葬下今、昔者の三代の聖王の既に沒せしに逮び至りて、天下、義を失う。後世の君子、或いは厚葬久喪を以て仁と為し、義と為し、孝子の事と為す。或いは厚葬久喪を以て仁義に非ず、孝子の事に非ずと為す。曰く、二子なる者は、言は則ち相い非とし、行いは即ち相い反す。皆な曰く、「吾れ上は堯舜禹湯文武の道を祖述する者なり」と。而も言は即ち相い非とし、行いは即ち相い反す。此に於て後世の君子、皆な二子なる者の言に疑惑す。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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