碧巌録 / 第三十四則
出草入草 誰解尋討白雲重重 紅日杲杲左顧無瑕右盻已老 君不見。寒山子 行太早十年歸不得 忘却來時道
新字:出草入草 誰解尋討白雲重重 紅日杲杲左顧無瑕右盻已老 君不見。寒山子 行太早十年帰不得 忘却来時道
書き下し
出草入草、誰か尋討することを解せん。白雲重重、紅日杲杲。左に顧みれば瑕無く、右に盻れば已に老ゆ。君見ずや、寒山子、行くこと太だ早し。十年帰ることを得ず、来時の道を忘却す。
現代語訳
草の外へ出たり草の中へ入ったり、それを誰が尋ね求めることができよう。白い雲は幾重にも重なり、赤い日は明るく照らす。左を顧みれば一点の傷もなく、右を見やればすでに老いている。君は見ないか、寒山子は行くのがあまりに早かった。十年帰ることができず、来たときの道を忘れてしまった。
解説
第三十四則に雪竇が付けた頌である。出草入草は、雲門の落草の談を受けて、悟りの高みに出ることと衆生の草むらに入ることを並べた句である。その往来の跡を誰も尋ね当てられないと雪竇は言う。白雲重重、紅日杲杲は、遮るものと照らすものが同時にある境地を描く。後半は寒山の詩を借り、山に入って十年帰らず来た道を忘れた人を詠む。廬山に行ったのに山に遊ばなかった僧への応答とも読める。仕事に没頭して来た道を忘れるほどの境地は、執着を離れた自在さの表れでもあると気づかせる頌である。
この章句が説くこと
頌無心自在落草寒山雪竇
関連する章句
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『碧巌録』第三十四則出草入草、誰か尋討することを解せん。雪竇却つて他の落処を知る。這裏に到りては、一手は擡げ一手は搦ふ。白雲重重、紅日杲杲。大いに草茸茸、煙羃羃に似たり。這裏に到りては、一糸毫も凡に属する無く、一糸毫も聖に属する無し。遍界曾て蔵さず、一一蓋覆し得ず。所謂無心の境界なり。寒くも寒を聞かず、熱きも熱を聞かず。都盧是れ箇の大解脱門なり。左に顧みれば瑕無く、右に盻れば已に老ゆ。懶瓚和尚、衡山の石室の中に隠居す。唐の徳宗其の名を聞き、使を遣はして之を召す。使者其の室に至りて宣言す、天子詔有り、尊者当に起ちて恩を謝すべしと。瓚方に牛糞の火を撥ひて、煨芋を尋ねて食ふ。寒涕頤に垂れて未だ嘗て答へず。使者笑ひて曰く、且く勧む尊者涕を拭へと。瓚曰く、我れ豈に工夫有りて俗人の為に涕を拭はんやと。竟に起たず。使回りて奏す。徳宗甚だ之を欽嘆す。這般の清寥寥白的的に似て、人の処分を受けず、直に是れ把得定して、生鉄もて鋳就するが如くに相似たり。
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『碧巌録』第三十六則大地に繊埃を絶す、何人か眼開かざる。始めは芳草に随ひて去り、又落花を逐うて回る。羸鶴寒木に翹ち、狂猿古台に嘯く。長沙無限の意。
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『碧巌録』第三十六則因みに一日遊山して帰る。首座も亦た是れ他の会下の人なり。便ち問ふ、和尚什麼の処にか去来す。沙云く、遊山し来る。座云く、什麼の処にか到り去来す。沙云く、始めは芳草に随ひて去り、又落花を逐うて回る。須らく是れ十方を坐断する底の人にして始めて得べし。古人の出入、未だ嘗て此の事を以て念と為さずんばあらず。看よ他の賓主互換し、当機直截にして、各相饒さざることを。既に是れ遊山す、什麼としてか却つて問うて道ふ、什麼の処にか到り去来すと。若し是れ如今の禅和子ならば、便ち道はん、夾山亭に到り来ると。看よ他の古人は、糸毫の道理計較無く、亦た住著の処無し。所以に道ふ、始めは芳草に随ひて去り、又落花を逐うて回ると。首座便ち他の意に随ひて、他に向かつて道ふ、大いに春意に似たりと。沙云く、也た秋露の芙蕖に滴るに勝れりと。雪竇云く、答語を謝すと。末後の語に代ふるなり。也た両辺に落つ。畢竟這の両辺に在らず。昔張拙秀才有り、千仏名経を看て、乃ち問ふ、百千の諸仏、但だ其の名を聞くのみ、未審し何れの国土にか居る、還た物を化するや也た無しや。沙云く、黄鶴楼に崔顥詩を題して後、秀才曾て題するや也た未だしや。拙云く、未だ曾て題せず。沙云く、閑を得ば一篇を題取するも也た好しと。岑大虫は平生人の為にするに、直に珠回り玉転ずることを得て、人の当面に便ち会せんことを要す。頌に云く、
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『碧巌録』第三十六則挙す。長沙一日遊山して、帰りて門首に至る。首座問ふ、和尚什麼の処にか去来す。沙云く、遊山し来る。首座云く、什麼の処にか到り来る。沙云く、始めは芳草に随ひて去り、又落花を逐うて回る。座云く、大いに春意に似たり。沙云く、也た秋露の芙蕖に滴るに勝れり。雪竇著語して云く、答話を謝す。
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