碧巌録 / 第三十二則
定遂舉臨濟一日示眾云。赤肉團上。有一無位真人。常從汝諸人面門出入。未證據者看看。時有僧出問。如何是無位真人。濟便擒住云。道道。僧擬議。濟便托開云。無位真人。是什麼乾屎橛。便歸方丈。巖頭不覺吐舌。欽山云。何不道非無位真人。被定擒住云。無位真人與非無位真人。相去多少。速道速道。山無語。直得面黃面青。巖頭雪峯。近前禮拜云。這新戒不識好惡。觸忤上座。望慈悲且放過。定云。若不是這兩箇老漢。[祝/土]殺這尿床鬼子。又在鎮州齋回。到橋上歇。逢三人座主。一人問。如何是禪河深處。須窮底。定擒住擬拋向橋下。時二座主。連忙救云。休休。是伊觸忤上座。且望慈悲。定云。若不是二座。主從他窮到底去。看他恁麼手段。全是臨濟作用。更看雪竇頌出云。
新字:定遂舉臨済一日示衆云。赤肉団上。有一無位真人。常従汝諸人面門出入。未証拠者看看。時有僧出問。如何是無位真人。済便擒住云。道道。僧擬議。済便托開云。無位真人。是什麼乾屎橛。便帰方丈。巖頭不覚吐舌。欽山云。何不道非無位真人。被定擒住云。無位真人与非無位真人。相去多少。速道速道。山無語。直得面黄面青。巖頭雪峯。近前礼拝云。這新戒不識好悪。触忤上座。望慈悲且放過。定云。若不是這両箇老漢。[祝/土]殺這尿床鬼子。又在鎮州斎回。到橋上歇。逢三人座主。一人問。如何是禅河深処。須窮底。定擒住擬抛向橋下。時二座主。連忙救云。休休。是伊触忤上座。且望慈悲。定云。若不是二座。主従他窮到底去。看他恁麼手段。全是臨済作用。更看雪竇頌出云。
書き下し
定遂に臨済一日衆に示して云くを挙す、赤肉団上に一無位の真人有り、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よと。時に僧有り出でて問ふ、如何なるか是れ無位の真人。済便ち擒住して云く、道へ道へ。僧擬議す。済便ち托開して云く、無位の真人、是れ什麼の乾屎橛ぞと。便ち方丈に帰る。巌頭覚えず舌を吐く。欽山云く、何ぞ非無位の真人と道はざる。定に擒住せられて云く、無位の真人と非無位の真人と、相去ること多少ぞ。速やかに道へ速やかに道へ。山無語、直に面黄面青なることを得たり。巌頭・雪峰近前して礼拝して云く、這の新戒は好悪を識らず、上座に触忤す。望むらくは慈悲もて且く放過せよ。定云く、若し是れ這の両箇の老漢ならずんば、這の尿床の鬼子を築殺せん。又鎮州に在りて斎より回り、橋上に到りて歇む。三人の座主に逢ふ。一人問ふ、如何なるか是れ禅河の深処、須らく底を窮むべし。定擒住して橋下に抛向せんと擬す。時に二座主、連忙として救ひて云く、休みね休みね、是れ伊上座に触忤す、且く望むらくは慈悲せよ。定云く、若し是れ二座主ならずんば、他に従ひて窮めて底に到り去らしめん。看よ他の恁麼の手段、全く是れ臨済の作用なり。更に雪竇の頌出するを看よ。云く、
現代語訳
定上座はそこで、臨済がある日大衆に示した言葉を挙げた。「この肉体の上に、何の位にもとらわれない真人が一人いて、いつもお前たちの顔から出たり入ったりしている。まだそれを確かめていない者は、見よ、見よ」。そのとき一人の僧が進み出て問うた、「無位の真人とは何ですか」。臨済はすぐさま胸ぐらをつかんで言った、「言え、言え」。僧はためらった。臨済は突き放して言った、「無位の真人とは、なんという乾いた糞かきべらだ」。そしてそのまま方丈へ帰ってしまった。巌頭は思わず舌を出した。欽山が言った、「なぜ非無位の真人と言わなかったのか」。すると定上座に胸ぐらをつかまれて言われた、「無位の真人と非無位の真人と、どれほど隔たっているのか。早く言え、早く言え」。欽山は言葉が出ず、顔が黄色くなったり青くなったりした。巌頭と雪峰が進み出て礼拝して言った、「この新米は善し悪しがわからず、上座に無礼をはたらきました。どうかお慈悲で許してやってください」。定上座は言った、「もしこの二人の老いぼれがいなかったら、この寝小便小僧を突き殺してやるところだ」。またあるとき、鎮州で斎の供養から帰る途中、橋の上で休んでいると、三人の経論の学僧に出会った。一人が問うた、「禅の河の深いところは、底まで窮めなければならないというが、それはどういうことか」。定上座は彼をつかまえて橋の下へ放り投げようとした。そのとき二人の学僧があわてて止めて言った、「おやめください、おやめください。この者が上座に無礼をはたらきました。どうかお慈悲を」。定上座は言った、「もしお二人がいなかったら、こいつに底まで窮めさせてやったところだ」。見よ、こうした手並みは、まったく臨済の働きそのものである。さらに雪竇の頌を見よ。その頌に言う。
解説
この章句が説くこと
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