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碧巌録 / 第二十七則

若向箇裏薦得。始見雲門為人處。其或未然。依舊只是指鹿為馬。眼瞎耳聾。誰人到這境界。且道雲門為復是答他話。為復是與他酬唱。若道答他話。錯認定盤星。若道與他唱和。且得沒交涉。既不恁麼。畢竟作麼生。爾若見得透。衲僧鼻孔。不消一揑。其或未然。依舊打入鬼窟裏去。大凡扶竪宗乘。也須是全身擔荷。不惜眉毛。向虎口橫身。任他橫拕倒拽。若不如此。爭能為得人。這僧致箇問端。也不妨嶮峻。若以尋常事看他。只似箇管閑事底僧。若據衲僧門下。去命脈裏覷時。不妨有妙處。

新字:若向箇裏薦得。始見雲門為人処。其或未然。依旧只是指鹿為馬。眼瞎耳聾。誰人到這境界。且道雲門為復是答他話。為復是与他酬唱。若道答他話。錯認定盤星。若道与他唱和。且得没交渉。既不恁麼。畢竟作麼生。爾若見得透。衲僧鼻孔。不消一揑。其或未然。依旧打入鬼窟裏去。大凡扶竪宗乗。也須是全身担荷。不惜眉毛。向虎口横身。任他横拕倒拽。若不如此。争能為得人。這僧致箇問端。也不妨嶮峻。若以尋常事看他。只似箇管閑事底僧。若拠衲僧門下。去命脈裏覷時。不妨有妙処。

書き下し

若し箇裏に向かって薦得せば、始めて雲門の為人の処を見ん。其れ或いは未だ然らずんば、旧に依って只だ是れ鹿を指して馬と為し、眼瞎し耳聾す。誰人か這の境界に到らん。且く道へ、雲門は為復是れ他の話に答ふるか、為復是れ他と酬唱するか。若し他の話に答ふと道はば、定盤星を錯認す。若し他と唱和すと道はば、且く交渉没きことを得たり。既に恁麼ならずんば、畢竟作麼生。爾若し見得して透らば、衲僧の鼻孔、一捏を消ひず。其れ或いは未だ然らずんば、旧に依って鬼窟裏に打入し去らん。大凡宗乗を扶竪するには、也た須らく是れ全身に担荷し、眉毛を惜しまず、虎口に向かって身を横たへ、他の横拕倒拽するに任すべし。若し此の如くならずんば、争でか能く人の為にし得ん。這の僧箇の問端を致す、也た妨げず嶮峻なることを。若し尋常の事を以て他を看ば、只だ箇の閑事を管する底の僧に似たり。若し衲僧門下に拠って、命脈裏に去って覷る時は、妨げず妙処有ることを。

現代語訳

もしここで会得できるなら、はじめて雲門の人を導くところが見える。もしまだそうでないなら、相変わらず鹿を指して馬と言い、眼は見えず耳は聞こえないままである。誰がこの境地に到れようか。さあ言え、雲門は彼の問いに答えたのか、それとも彼と応酬して唱和したのか。問いに答えたと言うなら、秤の目盛りを見誤っている。唱和したと言うなら、まったく関わりがない。そうでないなら、結局どうなのか。もしお前が見て取って突き抜けたなら、禅僧の鼻をつまむのに、ひとつまみの力もいらない。もしまだそうでないなら、相変わらず鬼の洞窟に入り込んでしまうだろう。およそ宗門を支え立てるには、やはり全身で担い、眉毛が抜けるのも惜しまず、虎の口に身を横たえて、相手が横に引こうが逆さに引きずろうが任せなければならない。そうでなければ、どうして人のためになれようか。この僧が問いの糸口を出したのは、実に険しい。もしふつうの事として見れば、ただ暇な事にかかずらう僧のようである。だが禅僧の門下に拠って、命脈のところまで入って見れば、実に妙なところがある。

解説

第二十七則の本則に対する圜悟の評唱の前半である。雲門の体露金風は、僧の問いへの答えなのか、それとも唱和なのか、と圜悟は問い、どちらと言っても外れると両方を封じる。そのうえで、宗旨を支える者は全身で担い、眉毛を惜しまず、虎の口に身を横たえて相手の引き回しに任せる覚悟が要ると説く。僧の問いも、ふつうに見れば閑事を問う僧のようだが、命脈の所まで入って見れば実に険しく妙であるという。人の問いを軽く見ず、その奥にある切実さを汲み取る眼を持ちたいものである。

この章句が説くこと

為人担荷唱和覚悟問い公案

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