碧巌録 / 第二十五則
凡二十年中。有多少人。與他平展下語呈見解。做盡伎倆。設有箇道得。也不到他極則處。況此事雖不在言句中。非言句即不能辨。不見道。道本無言因言顯道。所以驗人端的處。下口便知音。古人垂一言半句。亦無他。只要見爾知有不知有他見人不會。所以自代云。為他途路不得力。看他道得。自然契理契機。幾曾失却宗旨。古人云。承言須會宗。勿自立規矩。如今人只管撞將去便了。得則得。爭柰顢頇儱侗。若到作家面前。將三要語印空。印泥印水驗他。便見方木逗圓孔。無下落處。到這裏討一箇同得同證。臨時向什麼處求。若是知有底人。開懷通箇消息。有何不可。若不遇人。且卷而懷之。
新字:凡二十年中。有多少人。与他平展下語呈見解。做尽伎倆。設有箇道得。也不到他極則処。況此事雖不在言句中。非言句即不能弁。不見道。道本無言因言顕道。所以験人端的処。下口便知音。古人垂一言半句。亦無他。只要見爾知有不知有他見人不会。所以自代云。為他途路不得力。看他道得。自然契理契機。幾曽失却宗旨。古人云。承言須会宗。勿自立規矩。如今人只管撞将去便了。得則得。争柰顢頇儱侗。若到作家面前。将三要語印空。印泥印水験他。便見方木逗円孔。無下落処。到這裏討一箇同得同証。臨時向什麼処求。若是知有底人。開懐通箇消息。有何不可。若不遇人。且巻而懐之。
書き下し
凡そ二十年中、多少の人有ってか、他と平展して語を下し見解を呈し、伎倆を做し尽くす。設ひ箇の道ひ得る有るも、也た他の極則の処に到らず。況んや此の事は言句の中に在らずと雖も、言句に非ざれば即ち辨ずること能はず。道ふを見ずや、「道は本言無し、言に因って道を顕す」と。所以に人の端的の処を験すに、口を下せば便ち音を知る。古人一言半句を垂るるも、亦他無し、只だ爾が有ることを知るか有ることを知らざるかを見んことを要す。他人の会せざるを見て、所以に自ら代はって云く、「他の途路に力を得ざるが為なり」。看よ他の道ひ得て、自然に理に契ひ機に契ふを。幾曾か宗旨を失却せん。古人云く、「言を承けては須らく宗を会すべし、自ら規矩を立つること勿れ」と。如今の人は只管に撞き将ち去って便ち了る。得ることは則ち得たるも、争奈せん顢頇儱侗なることを。若し作家の面前に到らば、三要の語を将って空に印し、泥に印し水に印して他を験さば、便ち方木の円孔に逗まって、下落の処無きを見ん。這裏に到って一箇の同得同証を討ぬるに、時に臨んで什麼の処に向かってか求めん。若し是れ有ることを知る底の人ならば、懐を開いて箇の消息を通ずるも、何の不可か有らん。若し人に遇はずんば、且く巻いて之を懐にせよ。
現代語訳
二十年の間に、どれほどの人が彼と率直に言葉を交わし、見解を示し、あらゆる手並みを尽くしたことか。たとえ言い当てる者がいても、彼の究極のところには届かなかった。まして、この事は言葉の中にはないとはいえ、言葉によらなければ見分けることができない。聞いたことがないか。「道はもともと言葉がない。言葉によって道を顕す」と。だから人の要点を試すには、口を開いたとたんにその音を知るのである。古人が一言半句を垂れるのも、ほかでもない、ただお前がそれを知っているか知らないかを見ようとするのである。庵主は人々が会得しないのを見て、自ら代わって「旅の道中で役に立たないからだ」と言った。見よ、彼が言い当てて、自然と理にかない機にかなっているさまを。どうして宗旨を失うことがあろうか。古人は言った。「言葉を受けたらその根本を会得せよ。自分で勝手な規則を立ててはならない」と。今の人はひたすら突き進んで終わりにする。得たことは得たが、ぼんやりとあいまいなのをどうしようもない。もし腕の立つ師の前に出て、三要の言葉で空に印を押し、泥に印を押し、水に印を押して試されたら、四角い木を丸い穴に押し込むように、落ち着くところがないのが分かるだろう。ここに至って、同じく得て同じく証した者を一人探そうにも、その場でどこに求めればよいのか。もし知っている人に会えば、胸を開いて消息を通じ合うのに何の不都合があろう。もし人に会わなければ、しばらく巻いて懐にしまっておけ。
解説
この章句が説くこと
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