甲陽軍鑑 / 品第四十
ふかくつゝしめ〳〵如件一高坂彈正が申、物よみ衆の中にて定て此さた聞事に有べけれ共、それは文盲成者の心にて、心至らねばきゝしらず、聞しらねば事をわけて物いふこともならず候間、愚人の中にてもそれ〳〵に名を付ていはねば、物のはかゆかずして、大きに惡くさる程に、はづかしながら高坂彈正が愚痴の心を以て、
新字:ふかくつゝしめ〳〵如件一高坂弾正が申、物よみ衆の中にて定て此さた聞事に有べけれ共、それは文盲成者の心にて、心至らねばきゝしらず、聞しらねば事をわけて物いふこともならず候間、愚人の中にてもそれ〳〵に名を付ていはねば、物のはかゆかずして、大きに悪くさる程に、はづかしながら高坂弾正が愚痴の心を以て、
書き下し
ふかくつゝしめ〳〵如件一高坂弾正が申、物よみ衆の中にて定て此さた聞事に有べけれ共、それは文盲成者の心にて、心至らねばきゝしらず、聞しらねば事をわけて物いふこともならず候間、愚人の中にてもそれ〳〵に名を付ていはねば、物のはかゆかずして、大きに悪くさる程に、はづかしながら高坂弾正が愚痴の心を以て、
現代語訳
高坂弾正が申す。物を読む衆の中では、きっとこの沙汰を聞くことがあるだろうけれども、それは文盲な者の心であって、心が至らなければ聞いても分からず、聞いて分からなければ事を分けて物を言うこともできないので、愚かな人の中でも、それぞれに名を付けて言わなければ物の埒が行かず、大いに悪い。さるほどに、恥ずかしながら高坂弾正の愚痴な心をもって。
解説
分からない者に分からせるには、まず名前を付けよという方法論。名がなければ聞いても分からず、分からなければ話し合いもできない。この後の遠慮・工夫・才覚という三分類は、この必要から出てくる。学のない者のための工夫として言葉が作られている。学のない者のための工夫として、言葉が作られている。名がなければ聞いても分からず、分からなければ話し合いも始まらないからである。

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