学則 / 学則三
數車無車。而有車之名。古之道也。非聃言之失也。道可道。非常道。聃言之失也。夫自聖人而有道之名。聃豈非邪。祇其知弗及聖人。敎之無術也。務求喩之。不竢乎生。乃舍物而言其名。言之雖巧乎。孰若目睹。且也。徒名無物。空言狀之。故其言愈繁愈舛。言之者以臆。聽之者以臆。曼衍自恣。莫有底止。徒翫其華。弗食其實。是無它也。以聖人之敎爲不足。欲勝而上之。多見其不知量也已。雖然。聃之言禮。諄諄乎度數之弗遺。故棄聖絕學。非其本心者。彰彰乎明哉。祇其操心之銳。務求言之。其於人也。急欲傳之知。不竢乎生也。
新字:数車無車。而有車之名。古之道也。非聃言之失也。道可道。非常道。聃言之失也。夫自聖人而有道之名。聃豈非邪。祇其知弗及聖人。教之無術也。務求喩之。不竢乎生。乃舎物而言其名。言之雖巧乎。孰若目睹。且也。徒名無物。空言状之。故其言愈繁愈舛。言之者以臆。聴之者以臆。曼衍自恣。莫有底止。徒翫其華。弗食其実。是無它也。以聖人之教為不足。欲勝而上之。多見其不知量也已。雖然。聃之言礼。諄諄乎度数之弗遺。故棄聖絶学。非其本心者。彰彰乎明哉。祇其操心之鋭。務求言之。其於人也。急欲伝之知。不竢乎生也。
書き下し
車を数ふれば車無くして車の名有るは、古の道なり、聃の言の失に非ざるなり。道の道とすべきは常の道に非ずとは、聃の言の失なり。夫れ聖人よりして道の名有り、聃豈に非とせんや。祇だ其の知聖人に及ばず、之を教ふるに術無きなり。務めて之を喩さんことを求め、生ずるを竢たず。乃ち物を舎てて其の名を言ふ。之を言ふこと巧みなりと雖も、孰れか目睹するに若かん。且つや、徒だ名のみにして物無く、空言もて之を状す。故に其の言愈〻繁くして愈〻舛ふ。之を言ふ者は臆を以てし、之を聴く者も臆を以てす。曼衍として自ら恣にし、底止する莫し。徒だ其の華を翫びて、其の実を食はず。是れ它無きなり。聖人の教へを以て足らずと為し、勝ちて之に上らんと欲す。多に其の量を知らざるを見すのみ。然りと雖も、聃の礼を言ふや、諄諄乎として度数の遺さざるなり。故に聖を棄て学を絶つは、其の本心に非ざること、彰彰乎として明らかなるかな。祇だ其の心を操ること鋭く、務めて之を言はんことを求む。其の人に於けるや、急に之を知に伝へんと欲して、生ずるを竢たざるなり。
現代語訳
車をばらばらに数え上げれば「車」という部品はないが、それでも「車」という名がある、というのは古代の道理であって、老子の言葉の誤りではない。だが「道として語りうる道は、恒常の道ではない」というのは、老子の言葉の誤りである。そもそも聖人以来「道」という名はあるのだから、老子がどうしてそれを否定できよう。ただ彼の知恵は聖人に及ばず、人を教える術がなかったのである。無理に言い聞かせて分からせようとし、相手の中に自然に育ってくるのを待たなかった。そこで具体的な物を捨てて、名前だけを語った。いかに巧みに語っても、自分の目で見ることには及ばない。しかも名前だけで物がなく、空しい言葉でそれを描写するから、言葉はますます多くなり、ますます食い違う。語る者も推測で語り、聞く者も推測で聞く。とりとめなく広がって勝手放題、とどまるところがない。花を愛でるばかりで実を食べないのである。これはほかでもない、聖人の教えでは物足りないとして、それに勝り、上に立とうとしたからだ。身の程を知らないことをさらけ出しただけである。とはいえ、老子が礼について語るときは、細かな規定まで漏らさず丁寧に説いている。だから「聖を棄て学を絶て」というのが彼の本心でないことは、はっきりと明らかである。ただ心の働きが鋭すぎて、何でも言葉にしようとした。人に対して、急いで知識として伝えようとし、相手の中で育つのを待たなかったのである。
解説
この章句が説くこと
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