碧巌録 / 第二十二則
垂示云。大方無外細若隣虛。擒縱非他。卷舒在我。必欲解粘去縛。直須削迹吞聲。人人坐斷要津。箇箇壁立千仞。且道是什麼人境界。試舉看。
新字:垂示云。大方無外細若隣虚。擒縦非他。巻舒在我。必欲解粘去縛。直須削迹呑声。人人坐断要津。箇箇壁立千仞。且道是什麼人境界。試舉看。
書き下し
垂示に云く、大方は外無く、細なること隣虚の若し。擒縦は他に非ず、巻舒は我に在り。必ず粘を解き縛を去らんと欲せば、直に須らく迹を削り声を呑むべし。人人要津を坐断し、箇箇壁立千仞。且く道へ、是れ什麼人の境界ぞ。試みに挙し看ん。
現代語訳
垂示にいう。大いなるものは外がないほど広く、細かなものは微塵のように小さい。捕らえるも放つも他人によるのではなく、巻くも広げるも自分次第である。どうしても粘りつくものを解き、縛りを外したいと思うなら、ただちに足跡を消し、声を呑み込まねばならない。一人一人が要所の渡し場に坐り込み、一人一人が千仞の絶壁のようにそそり立つ。さあ言ってみよ、これはどんな人の境地か。試みに例を挙げてみよう。
解説
第二十二則に圜悟が付した垂示である。大きさにも小ささにも限りのない真実を前にして、捕らえるも放つも自分の手の内にあると圜悟は言う。そのうえで、執着の粘りと縛りを解きたいなら、跡を消し声を呑めと説く。人人が要津を坐断し、千仞の壁のように立つ境地とは、誰にも寄りかからず自分の持ち場で揺るがない姿である。仕事でも、他人の評価や前例に頼らず、自分の持ち場の要所を自分で押さえる人が組織の柱となる。主体性とは声高な主張ではなく、跡を残さぬ静かな自立なのである。
この章句が説くこと
要津壁立千仞擒縦自由主体執着
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