碧巌録 / 第二十一則
蓮花荷葉報君知 出水何如未出時江北江南問王老一狐疑了一狐疑智門本是淅人。得得入川參香林。既徹。却回住隋州智門。雪竇是他的子。見得好窮玄極妙。直道蓮花荷葉報君知。出水何如未出時。這裏要人直下便會。山僧道。未出水時如何。露柱燈籠。出水後如何。杖頭挑日月。脚下太泥深。爾且莫錯認定盤星。如今人咬人言句者。有甚麼限。爾且道出水時是什麼時節。未出水時是什麼時節。若向這裏見得。許爾親見智門。雪竇道。爾若不見。江北江南問王老。雪竇意道。爾只管去江北江南。問尊宿出水與未出水。江南添得兩句。江北添得兩句。一重。添一重。展轉生疑。且道何時得不疑去。如野狐多疑。氷凌上行。以聽水聲。若不鳴方可過河。參學人若一狐疑了一狐疑。幾時得平穩去。
新字:蓮花荷葉報君知 出水何如未出時江北江南問王老一狐疑了一狐疑智門本是淅人。得得入川参香林。既徹。却回住隋州智門。雪竇是他的子。見得好窮玄極妙。直道蓮花荷葉報君知。出水何如未出時。這裏要人直下便会。山僧道。未出水時如何。露柱灯籠。出水後如何。杖頭挑日月。脚下太泥深。爾且莫錯認定盤星。如今人咬人言句者。有甚麼限。爾且道出水時是什麼時節。未出水時是什麼時節。若向這裏見得。許爾親見智門。雪竇道。爾若不見。江北江南問王老。雪竇意道。爾只管去江北江南。問尊宿出水与未出水。江南添得両句。江北添得両句。一重。添一重。展転生疑。且道何時得不疑去。如野狐多疑。氷凌上行。以聴水声。若不鳴方可過河。参学人若一狐疑了一狐疑。幾時得平穏去。
書き下し
蓮花荷葉、君に報じて知らしむ、水を出づると未だ出でざる時と何如。江北江南、王老に問へ、一狐疑し了って一狐疑す。智門は本是れ浙人なり。得得として川に入りて香林に参ず。既に徹して、却って回りて隋州の智門に住す。雪竇は是れ他の的子なり。見得すること好く、玄を窮め妙を極む。直に道ふ、「蓮花荷葉、君に報じて知らしむ、水を出づると未だ出でざる時と何如」と。這裏人の直下に便ち会せんことを要す。山僧道はん、「未だ水を出でざる時如何」、「露柱燈籠」。「水を出でて後如何」、「杖頭に日月を挑げ、脚下太だ泥深し」。爾且く定盤星を錯認すること莫れ。如今の人の人の言句を咬む者、甚麼の限りか有らん。爾且く道へ、水を出づる時は是れ什麼の時節ぞ、未だ水を出でざる時は是れ什麼の時節ぞ。若し這裏に向かって見得せば、爾が親しく智門に見ゆることを許さん。雪竇道ふ、爾若し見ずんば、「江北江南、王老に問へ」と。雪竇の意に道ふ、爾只管に江北江南に去って、尊宿に水を出づると未だ水を出でざるとを問ふ。江南に両句を添へ得、江北に両句を添へ得て、一重に一重を添へ、展転して疑ひを生ず。且く道へ、何れの時か疑はざることを得去らん。野狐の多疑なるが如し。氷凌の上を行くに、以て水声を聴き、若し鳴らずんば方に河を過ぐべし。参学の人若し一狐疑し了って一狐疑せば、幾時か平穏なることを得去らん。
現代語訳
蓮の花と蓮の葉と、君に告げて知らせよう。水を出たときと、まだ出ないときとは、どうであろうか。江北や江南の老師たちに尋ね回るがよい。一つ狐のように疑い終えては、また一つ疑うことになる。智門はもともと浙江の人である。わざわざ蜀に入って香林に参じた。悟り抜いた後、戻って隋州の智門山に住した。雪竇はその直弟子である。見る目が確かで、玄妙を極めている。ずばりと「蓮の花と蓮の葉と、君に告げて知らせよう。水を出たときとまだ出ないときとは、どうであろうか」と言った。ここは人がその場ですぐに会得することを求めている。わたしならこう言おう。「まだ水を出ないときはどうか」には「露柱と燈籠」、「水を出た後はどうか」には「杖の先に日月を掲げ、足もとはひどく泥が深い」と。お前たちよ、秤の目盛りを見誤ってはならない。今どき人の言葉をかじる者は、きりがない。さあ言え、水を出たときとはどんな時節か、まだ水を出ないときとはどんな時節か。もしここで見て取れるなら、お前が親しく智門に会ったと認めよう。雪竇は言う。もし見えないなら「江北や江南の老師たちに尋ね回れ」と。雪竇の意図はこうである。お前はひたすら江北や江南へ行って、長老たちに水を出たか出ないかを問う。江南で二句を付け加えられ、江北で二句を付け加えられ、一重にまた一重を重ねて、次々に疑いを生む。さあ言え、いつになったら疑わずにいられるのか。それは疑い深い野狐のようなものだ。凍った川の上を行くとき、水の音に耳を澄まし、音がしなければようやく川を渡る。学ぶ者がもし一つ疑い終えてはまた一つ疑うなら、いつ心が落ち着くことができようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第二十一則「仏未だ出世せざる時如何」、「牛頭未だ四祖に見えざる時如何」、「斑石内に混沌未だ分かれざる時如何」、「父母未生の時如何」と問ふ。雲門道ふ、「古より今に至るまで、只だ是れ一段の事なり。是無く非無く、得無く失無く、生と未生と無し」と。古人這裏に到って、一綫の道を放って、出有り入有り。若し是れ未了底の人ならば、籬を扶け壁を摸し、草に依り木に附く。或いは他をして放下せしむれば、又莽莽蕩蕩として荒然たる処に打入し去る。若し是れ得底の人ならば、二六時中、一物にも依倚せず。一物にも依倚せずと雖も、若し一機一境を露はさば、作麼生か他を摸索せん。這の僧問うて道ふ、「蓮花未だ水を出でざる時如何」。智門云く、「蓮花」。便ち只だ攔問一答す、妨げず奇特なることを。諸方皆之を顛倒語と謂ふ。那裏か此の如くならん。見ずや、巌頭道ふ、「常に未だ口を開かざる已前を貴ぶ」と。猶ほ些子に較れり。古人機を露はす処、已に是れ漏逗し了れり。如今の学者、古人の意を省みず、只管に去って水を出づると未だ水を出でざるとを理論す、什麼の交渉か有らん。見ずや、僧、智門に問ふ、「如何なるか是れ般若の体」。門云く、「蚌、明月を含む」。僧云く、「如何なるか是れ般若の用」。門云く、「兎子懐胎す」。看よ、他の此の如く対答するを。天下の人、他の語脈を討ね得ず。或いは人有りて夾山に問うて道はん、「蓮花未だ水を出でざる時如何」。只だ他に対して道はん、「露柱燈籠」と。且く道へ、蓮花と是れ同か是れ別か。「水を出でて後如何」。他に対して道はん、「杖頭に日月を挑げ、脚下太だ泥深し」と。爾且く道へ、是か不是か。且く定盤星を錯認すること莫れ。雪竇忒殺だ慈悲にして、人の情解を打破す。所以に頌出す。
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『碧巌録』第二十一則智門若し是れ機に応じ物に接せば、猶ほ些子に較れり。若し是れ衆流を截断せば、千里万里。且く道へ、這の蓮花、水を出づると未だ水を出でざると、是れ一か是れ二か。若し恁麼に見得せば、爾に箇の入処有ることを許さん。是の如くなりと雖然も、若し是れ一と道はば、顢頇の仏性、儱侗の真如なり。若し是れ二と道はば、心境未だ忘ぜず、解路上に落在して走る、什麼の歇む期か有らん。且く道へ、古人の意作麼生。其の実許多の事無し。所以に投子道ふ、「爾但だ名言数句に著すること莫れ。若し諸事を了ぜば、自然に著せず、即ち許多の位次の不同無し。爾一切法を摂するも、一切法は爾を摂し得ず。本得失無く、夢幻の如し。許多の名目、強ひて他の与に名字を安立すべからず。爾諸人を誑諕して得んや。爾諸人問ふが故に、所以に言有り。爾若し問はずんば、我をして爾に向かって什麼をか道はしめて即ち得ん。一切の事、皆是れ爾が将ち得来たるなり。都て我が事に干らず」と。
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『碧巌録』第二十一則挙す。僧、智門に問ふ、「蓮花未だ水を出でざる時如何」。智門云く、「蓮花」。僧云く、「水を出でて後如何」。門云く、「荷葉」。
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『碧巌録』第二十五則又云く、「眼裏に須弥山を著け得、耳裏に大海水を著け得。一般の漢有って、人の商量を受く。祖仏の言教、龍の水を得るが如く、虎の山に靠るに似たり。却って須らく鉢嚢を挑起し、拄杖を横担すべし。亦是れ一員の無事の道人なり」。復た云く、「恁麼も也た得ず、不恁麼も也た得ず。然る後交渉没し。三員の無事の道人の中、一人を選んで師と為さんと要す」。正に是れ這般の生鉄鋳就底の漢なり。何が故ぞ。或いは悪境界に遇ひ、或いは奇特の境界に遇ふも、他の面前に到れば、悉く皆夢の如くに相似たり。六根有ることを知らず、亦旦暮有ることを知らず。直饒ひ這般の田地に到るも、切に忌む寒灰死火を守って、黒漫漫の処に打入し去ることを。也た須らく是れ転身の一路有って始めて得べし。見ずや、古人道ふ、「寒巌に異草の青きを守ること莫れ。白雲に坐却せば宗妙ならず」と。所以に蓮華峰庵主道ふ、「他の途路に力を得ざるが為なり」と。直に須らく是れ千峰万峰に去って始めて得べし。且く道へ、什麼を喚んでか千峰万峰と作す。雪竇只だ他の「楖栗横に担って人を顧みず、直に千峰万峰に入り去る」と道ふを愛す。所以に頌出す。且く道へ、什麼の処に向かってか去る。還た去処を知り得る者有りや。「落花流水太だ茫茫」。落花紛紛、流水茫茫、閃電の機、眼前是れ什麼ぞ。「眉毛を剔起して何れの処にか去る」。雪竇什麼と為てか也た他の去処を知らざる。只だ山僧適来払子を挙すと道ふが如き、且く道へ、即今什麼の処にか在る。爾諸人若し見得せば、蓮華峰庵主と同参ならん。其れ或いは未だ然らずんば、三条椽下、七尺単前に、試みに去って参詳し看よ。
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『碧巌録』第二十則雪竇復た拈じて云く、這の老漢也た未だ勦絶することを得ず。復た一頌を成す。盧公付し了りて亦た何をか憑まん、坐倚して祖灯を継ぐことを将ゐること休めよ。堪対す暮雲の帰りて未だ合せざるに、遠山限り無く碧層層。盧公付し了りて亦た何をか憑まん。何の憑拠か有る。直に須らく這裏に向かつて恁麼に会し去るべし。更に株を守りて兎を待つこと莫かれ。髑髏前に一時に打破して、一点の事の胸中に在る無く、放ちて灑灑落落地ならしむ。又何ぞ必ずしも憑むことを要せん。或いは坐し或いは倚る、仏法の道理を作すことを消ひず。所以に道ふ、坐倚して祖灯を継ぐことを将ゐること休めよと。雪竇一時に拈じ了れり。他に箇の転身の処有り、末後に自ら箇の消息を露はす。些子の好き処有りて道ふ、堪対す暮雲の帰りて未だ合せざるにと。且く道へ、雪竇の意什麼の処にか在る。暮雲帰りて合せんと欲して未だ合せざる時、爾道へ作麼生。遠山限り無く碧層層。旧に依りて鬼窟裏に打入し去る。這裏に到りて得失是非、一時に坐断して灑灑落落たらば、始めて些子に較れり。遠山限り無く碧層層。且く道へ、是れ文殊の境界か、是れ普賢の境界か、是れ観音の境界か。此に到りて且く道へ、是れ什麼人の分上の事ぞ。
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『碧巌録』第八十二則問ふこと曾て知らず、答ふること還た会せず。月冷やかに風高し、古巌の寒檜。笑ふに堪へたり、路に達道の人に逢ひて、語黙を将て対へず。手に白玉の鞭を把つて、驪珠尽く撃砕す。撃砕せずんば、瑕纇を増さん。国に憲章有り、三千条の罪。雪竇頌し得て、最も工夫有り。前来雲門の話を頌して却つて云く、「問既に宗有り、答も亦た同じき攸なり」と。這箇は却つて恁麼ならず、却つて云く、「問ふこと曾て知らず、答ふること還た会せず」と。大龍の答処傍瞥にして、直に是れ奇特なり。分明に是れ誰か恁麼に問ふ、未だ問はざる已前に、早く敗缺を納れ了れり。他の答処俯して能く恰好、機宜に応じて道ふ、「山花開いて錦に似たり、澗水湛へて藍の如し」。爾諸人、如今作麼生か大龍の意を会す。答処傍瞥にして、直に是れ奇特なり。所以に雪竇頌出して、人をして月冷やかに風高く、更に古巌の寒檜に撞著することを知道せしむ。且く道へ、他の意作麼生か会す。所以に適来道ふ、「無孔の笛子、氈拍板に撞著す」と。只だ這の四句にて頌し了れり。
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