碧巌録 / 第十八則
也只是這一箇頌子。引人邪解不少。人多錯會道。相是相見。譚是譚論。中間有箇無縫塔。所以道。中有黃金充一國。帝與國師對答。便是無影樹下合同船。帝不會。遂道瑠璃殿上無知識。又有底道。相是相州之南。潭是潭州之北。中有黃金充一國。頌官家眨眼顧視云。這箇是無縫塔。若恁麼會。不出情見。只如雪竇下四轉語。又作麼生會。今人殊不知古人意。且道。湘之南。潭之北。爾作麼生會。中有黃金充一國。爾作麼生會。無影樹下合同船。爾作麼生會。瑠璃殿上無知識。爾作麼生會。若恁麼見得。不妨慶快平生。湘之南潭之北。雪竇道。獨掌不浪鳴。不得已與爾說。中有黃金充一國。雪竇道。山形拄杖子。古人道。識得拄杖子。一生參學事畢。無影樹下合同船。雪竇道。海晏河清。一時豁開戶牖。八面玲瓏。瑠璃殿上無知識。雪竇道。拈了也。一時與爾說了也。不妨難見。見得也好。只是有些子錯認處。隨語生解。至末後道拈了也。却較些子。雪竇分明一時下語了。後面單頌箇無縫塔子。
新字:也只是這一箇頌子。引人邪解不少。人多錯会道。相是相見。譚是譚論。中間有箇無縫塔。所以道。中有黄金充一国。帝与国師対答。便是無影樹下合同船。帝不会。遂道瑠璃殿上無知識。又有底道。相是相州之南。潭是潭州之北。中有黄金充一国。頌官家眨眼顧視云。這箇是無縫塔。若恁麼会。不出情見。只如雪竇下四転語。又作麼生会。今人殊不知古人意。且道。湘之南。潭之北。爾作麼生会。中有黄金充一国。爾作麼生会。無影樹下合同船。爾作麼生会。瑠璃殿上無知識。爾作麼生会。若恁麼見得。不妨慶快平生。湘之南潭之北。雪竇道。独掌不浪鳴。不得已与爾説。中有黄金充一国。雪竇道。山形拄杖子。古人道。識得拄杖子。一生参学事畢。無影樹下合同船。雪竇道。海晏河清。一時豁開戸牖。八面玲瓏。瑠璃殿上無知識。雪竇道。拈了也。一時与爾説了也。不妨難見。見得也好。只是有些子錯認処。随語生解。至末後道拈了也。却較些子。雪竇分明一時下語了。後面単頌箇無縫塔子。
書き下し
也た只だ是れ這の一箇の頌子、人を引いて邪解せしむること少なからず。人多く錯つて会して道ふ、相は是れ相見、譚は是れ譚論、中間に箇の無縫塔有り、所以に道ふ、中に黄金有りて一国に充つと。帝と国師と対答する、便ち是れ無影樹下の合同船。帝会せず、遂に瑠璃殿上に知識無しと道ふと。又有る底は道ふ、相は是れ相州の南、潭は是れ潭州の北、中に黄金有りて一国に充つとは、官家の眨眼顧視して、這箇は是れ無縫塔と云ふを頌すと。若し恁麼に会せば、情見を出でず。只だ雪竇の下せる四転語の如きは、又作麼生か会せん。今人殊に古人の意を知らず。且く道へ、湘の南、潭の北、爾作麼生か会す。中に黄金有りて一国に充つ、爾作麼生か会す。無影樹下の合同船、爾作麼生か会す。瑠璃殿上に知識無し、爾作麼生か会す。若し恁麼に見得せば、妨げず平生を慶快することを。湘の南、潭の北、雪竇道ふ、独掌浪りに鳴らずと。已むことを得ずして爾が与に説く。中に黄金有りて一国に充つ、雪竇道ふ、山形の拄杖子と。古人道ふ、拄杖子を識得すれば、一生参学の事畢ると。無影樹下の合同船、雪竇道ふ、海晏河清と。一時に戸牖を豁開して、八面玲瓏たり。瑠璃殿上に知識無し、雪竇道ふ、拈じ了れりと。一時に爾が与に説き了れり。妨げず見難きことを。見得するも也た好し。只だ是れ些子の錯認する処有り、語に随つて解を生ず。末後に至りて拈じ了れりと道ふ、却つて些子に較れり。雪竇分明に一時に語を下し了りて、後面に単に箇の無縫塔子を頌す。
現代語訳
ただこの一つの頌が、人を誤った解釈に引き込んだことは少なくない。多くの人は誤って理解して、「湘は相見の相、潭は譚論の譚であり、その間に無縫塔がある。だから『その中に黄金があって一国に満ちている』と言う。皇帝と国師が問答したことが『影のない樹の下の乗り合い船』であり、皇帝がわからなかったので『瑠璃の宮殿には知る者がいない』と言ったのだ」と言う。またある者は、「相州の南、潭州の北、その中に黄金があって一国に満ちているというのは、皇帝がまばたきして見回し、これが無縫塔だと言ったことを頌したのだ」と言う。もしそのように理解するなら、情による見解を出ない。では雪竇が付けた四つの転語は、どう理解するのか。今の人は古人の意図をまったく知らない。さあ言ってみよ、「湘水の南、潭州の北」を、お前たちはどう理解するか。「その中に黄金があって一国に満ちている」を、どう理解するか。「影のない樹の下の乗り合い船」を、どう理解するか。「瑠璃の宮殿には知る者がいない」を、どう理解するか。もしそのように見て取れたなら、生涯を晴れやかに過ごせるだろう。「湘水の南、潭州の北」に、雪竇は「片手だけではむやみに鳴らない」と言う。やむなくお前たちのために説いたのである。「その中に黄金があって一国に満ちている」に、雪竇は「山から切り出したままの杖」と言う。古人は「杖がわかれば、一生の参学の事は終わる」と言った。「影のない樹の下の乗り合い船」に、雪竇は「海は穏やかで河は澄んでいる」と言う。一度に戸も窓も開け放って、八方に透き通っている。「瑠璃の宮殿には知る者がいない」に、雪竇は「取り上げ終わった」と言う。一度にお前たちのために説き終えた。なかなか見がたいが、見て取れればそれもよい。ただ少し見誤るところがあって、言葉に随って解釈を生じる。最後に「取り上げ終わった」と言ったのは、かえって少しはましである。雪竇ははっきりと一度に言葉を付け終え、そのあとでただ無縫塔だけを頌したのである。
解説
この章句が説くこと
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