墨子 / 非儒下
又曰:「吾子若鐘擊之則鳴,弗擊不鳴。」應之曰:夫仁人事上竭忠,事親得孝,務善則美,有過則諫,此為人臣之道也。今擊之則鳴,弗擊不鳴,隠知豫力,恬漠待問而後對,雖有君親之大利,弗問不言。若将有大寇亂,盜賊将作,若機辟将發也,他人不知,己獨知之,雖其君親皆在,不問不言,是夫大亂之賊也。以是為人臣不忠,為子不孝,事兄不弟,交遇人不貞良。夫執後不言之朝,物見利使,已雖恐後言,君若言而未有利焉,則髙拱下視,㑹噎為深,曰:「惟其未之學也。」用誰急,遺行逺矣。
新字:又曰:「吾子若鐘撃之則鳴,弗撃不鳴。」応之曰:夫仁人事上竭忠,事親得孝,務善則美,有過則諫,此為人臣之道也。今撃之則鳴,弗撃不鳴,隠知予力,恬漠待問而後対,雖有君親之大利,弗問不言。若将有大寇乱,盗賊将作,若機辟将発也,他人不知,己独知之,雖其君親皆在,不問不言,是夫大乱之賊也。以是為人臣不忠,為子不孝,事兄不弟,交遇人不貞良。夫執後不言之朝,物見利使,已雖恐後言,君若言而未有利焉,則高拱下視,会噎為深,曰:「惟其未之学也。」用誰急,遺行遠矣。
書き下し
又た曰く、「吾子は鐘の若し。之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らず」と。之に應じて曰く、夫れ仁人は上に事うるに忠を竭くし、親に事うるに孝を得、善を務むれば則ち美とし、過ち有れば則ち諫む。此れ人臣の道たり。今、之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らずとは、知を隠し力を豫し、恬漠として問を待ちて後に對うるなり。君親の大利有りと雖も、問わざれば言わず。若し将に大寇亂有り、盜賊、将に作らんとし、機辟の将に發せんとするがごとくにして、他人は知らず、己れ獨り之を知るも、其の君親、皆な在りと雖も、問わざれば言わず。是れ夫れ大亂の賊なり。是を以て人臣と為れば不忠、子と為れば不孝、兄に事うれば不弟、人に交遇すれば不貞良なり。夫れ後れて言わざるの朝を執り、物、利を見て使わるるも、已に後れて言わんことを恐ると雖も、君、若し言いて未だ利有らざれば、則ち髙く拱きて下を視、噎を㑹して深しと為し、曰く、「惟だ其れ未だ之を學ばざるなり」と。誰か急を用いんに、行を遺すこと逺し。
現代語訳
またこうも言う。「あなたは鐘のようなものだ。撞けば鳴り、撞かなければ鳴らない」。これに答えて言う。仁ある人は上に仕えて忠を尽くし、親に仕えて孝を全うし、善いことは努めて称え、過ちがあれば諌める。これが臣下の道である。ところが撞けば鳴り撞かなければ鳴らないというのは、知恵を隠し力を惜しみ、黙って問われるのを待ってから答えるということだ。主君や親に大きな利があっても、問われなければ言わない。もし大きな侵略や反乱が起ころうとし、盗賊が動き出そうとし、仕掛けが今にも発しようとしていて、他の者は知らず自分だけが知っていても、主君や親がそこにいるのに、問われなければ言わない。これこそ大乱を招く賊である。この態度では臣として不忠、子として不孝、兄に仕えて弟らしくなく、人と交わって誠実でない。後から言えばよいという朝廷の構えを取り、利があると見れば動かされるが、遅れて言うことを恐れながらも、主君の言葉にまだ利がなければ、腕を高く組んで下を見、詰まったふりを深遠に見せかけて「まだそれを学んでおりません」と言う。急を要するとき、誰がそれを使えよう。行いはひどく劣っている。
解説
この章句が説くこと
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