碧巌録 / 第十八則
國師於他父于三朝中。為國師。他家父子。一時參禪。據傳燈錄所考。此乃是代宗設問。若是問國師如何是十身調御。此却是肅宗問也。國師緣終。將入涅槃。乃辭代宗。代宗問曰。國師百年後。所須何物。也只是平常一箇問端。這老漢無風起浪。却道與老僧造箇無縫塔。且道白日青天如此作什麼。做箇塔便了。為什麼却道。做箇無縫塔。代宗也不妨作家。與爾一拶道。請師塔樣。國師良久云。會麼。奇怪這些子。最是難參。大小大國師。被他一拶。直得口似匾檐。然雖如此。若不是這老漢。幾乎弄倒了。
新字:国師於他父于三朝中。為国師。他家父子。一時参禅。拠伝灯録所考。此乃是代宗設問。若是問国師如何是十身調御。此却是粛宗問也。国師縁終。将入涅槃。乃辞代宗。代宗問曰。国師百年後。所須何物。也只是平常一箇問端。這老漢無風起浪。却道与老僧造箇無縫塔。且道白日青天如此作什麼。做箇塔便了。為什麼却道。做箇無縫塔。代宗也不妨作家。与爾一拶道。請師塔様。国師良久云。会麼。奇怪這些子。最是難参。大小大国師。被他一拶。直得口似匾檐。然雖如此。若不是這老漢。幾乎弄倒了。
書き下し
国師他の父子三朝の中に於て国師たり。他の家の父子、一時に参禅す。伝灯録に拠りて考ふる所、此れは乃ち是れ代宗の設問なり。若し是れ国師に如何なるか是れ十身調御と問ふは、此れは却つて是れ粛宗の問ひなり。国師縁終はりて、将に涅槃に入らんとし、乃ち代宗に辞す。代宗問うて曰く、国師百年の後、須ゐる所何物ぞ。也た只だ是れ平常の一箇の問端なり。這の老漢風無きに浪を起こし、却つて道ふ、老僧が与に箇の無縫塔を造れと。且く道へ、白日青天に此の如くして什麼をか作す。箇の塔を做らば便ち了る。什麼としてか却つて道ふ、箇の無縫塔を做れと。代宗も也た妨げず作家なることを。爾が与に一拶して道ふ、請ふ師、塔様をと。国師良久して云く、会すや。奇怪なり這些子、最も是れ参じ難し。大小大の国師、他に一拶せられて、直に口匾檐に似たることを得たり。然も此の如くなりと雖も、若し是れ這の老漢にあらずんば、幾乎ど弄倒し了らん。
現代語訳
国師は彼ら父子の三代の朝廷にわたって国師であった。その家の父子は、そろって参禅した。『伝灯録』によって考えると、これは代宗が問うたものである。もし国師に「十身調御とは何か」と問うたのであれば、それは粛宗の問いである。国師は縁が尽きて涅槃に入ろうとし、代宗に暇を告げた。代宗が問うた。「国師が百年の後、何がご入用ですか」。これもただありふれた問いのきっかけにすぎない。この老漢は風もないのに波を起こし、かえって「わたしのために縫い目のない塔を造ってください」と言った。さあ言ってみよ、白昼の青空のもとで、こんなことをして何になるのか。塔を造ればそれで済むのに、どうしてわざわざ「縫い目のない塔を造れ」と言ったのか。代宗もなかなかの手練れであって、お前たちのために一突きして「どうか師よ、塔の形をお示しください」と言った。国師はしばらく黙ってから「わかりましたか」と言った。不思議なのはこの少しのところで、最も参じがたい。あれほどの国師が彼に一突きされて、まるで口が天秤棒のように平たく塞がれてしまった。とはいえ、この老漢でなければ、ほとんどひっくり返されていたところだ。
解説
この章句が説くこと
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