碧巌録 / 第十五則
雲門是這般人。善能同死同生。宗師為人須至如此。據曲彔木床上坐。捨得教爾打破。容爾捋虎鬚。也須是到這般田地始得。具七事隨身。可以同生同死。高者抑之。下者舉之。不足者與之。在孤峯者。救令入荒草。落荒草者。救令處孤峯。爾若入鑊湯爐炭。我也入鑊湯爐炭。其實無他。只要與爾解粘去縛。抽釘拔楔。脫却籠頭。卸却角馱。平田和尚。有一頌最好。靈光不昧。萬古徽猷。入此門來。莫存知解。別別。擾擾怱怱水裏月。不妨有出身之路。亦有活人之機。雪竇拈了。教人自去明悟生機。莫隨他語句。爾若隨他。正是擾擾怱怱水裏月。如今作麼生得平穩去。放過一著。
新字:雲門是這般人。善能同死同生。宗師為人須至如此。拠曲彔木床上坐。捨得教爾打破。容爾捋虎鬚。也須是到這般田地始得。具七事随身。可以同生同死。高者抑之。下者舉之。不足者与之。在孤峯者。救令入荒草。落荒草者。救令処孤峯。爾若入鑊湯炉炭。我也入鑊湯炉炭。其実無他。只要与爾解粘去縛。抽釘抜楔。脱却籠頭。卸却角馱。平田和尚。有一頌最好。霊光不昧。万古徽猷。入此門来。莫存知解。別別。擾擾怱怱水裏月。不妨有出身之路。亦有活人之機。雪竇拈了。教人自去明悟生機。莫随他語句。爾若随他。正是擾擾怱怱水裏月。如今作麼生得平穏去。放過一著。
書き下し
雲門は是れ這般の人、善く能く同死同生す。宗師人の為にするは、須らく此の如くなるに至るべし。曲彔木床の上に據りて坐し、捨得して爾をして打破せしめ、爾が虎鬚を捋づるを容す。也た須らく是れ這般の田地に到りて始めて得べし。七事を具して随身し、以て同生同死すべし。高き者は之を抑へ、下き者は之を挙げ、足らざる者は之に与ふ。孤峰に在る者は、救ひて荒草に入らしめ、荒草に落つる者は、救ひて孤峰に処らしむ。爾若し鑊湯炉炭に入らば、我も也た鑊湯炉炭に入らん。其の実他無し、只だ爾が与に粘を解き縛を去り、釘を抽き楔を抜き、籠頭を脱却し、角馱を卸却せんことを要す。平田和尚に一頌有りて最も好し。霊光昧まさず、万古の徽猷。此の門に入り来たらば、知解を存すること莫かれ。別別。擾擾怱怱たり水裏の月。妨げず出身の路有り、亦た活人の機有ることを。雪竇拈じ了りて、人をして自ら去きて生機を明悟せしむ。他の語句に随ふこと莫かれ。爾若し他に随はば、正に是れ擾擾怱怱たる水裏の月なり。如今作麼生か平穏を得去らん。一著を放過す。
現代語訳
雲門はこういう人であり、よく同じく死に同じく生きることができた。師家が人のために尽くすには、ここまで至らなければならない。曲がった木の椅子に座り、身を投げ出して相手に打ち破らせ、虎の髭をなでることも許す。やはりこのような境地に至ってはじめてよいのである。七つの道具を身に備え、それでともに生きともに死ぬのである。高ぶる者は抑え、低い者は持ち上げ、足りない者には与える。孤高の峰にいる者は救って荒れ草の中に入らせ、荒れ草の中に落ちた者は救って孤高の峰に立たせる。お前が煮えたぎる釜や燃える炭の中に入るなら、わたしも煮えたぎる釜や燃える炭の中に入ろう。実はほかでもない、ただお前たちのために、こびりついたものを解き、縛りを外し、釘を抜き楔を抜き、おもがいを外し、背の荷を下ろしてやろうとしたのだ。平田和尚にたいへんよい頌が一つある。「霊妙な光はくらまず、万古に変わらぬ立派な道。この門に入って来たなら、知的な理解を残してはならない」。「別格だ、別格だ。せわしなく揺れ動く水の中の月」。なかなか抜け出る道があり、また人を活かす働きもある。雪竇は取り上げ終えて、人に自ら行って生きた働きを明らかに悟らせようとしたのである。彼の言葉に従ってはならない。もし彼に従えば、まさにせわしなく揺れ動く水の中の月である。今、どうしたら穏やかに落ち着けるのか。一手は見逃しておこう。
解説
この章句が説くこと
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