碧巌録 / 第十五則
古人分明向爾道。若論此事。不在言句上。若在言句上。三乘十二分教。豈是無言句。更何用祖師西來。前頭道對一說。這裏却道倒一說。只爭一字。為什麼却有千差萬別。且道。聱訛在什麼處。所以道。法隨法行。法幢隨處建立。不是目前機。亦非目前事時如何。只消當頭一點。若是具眼漢。一點也謾他不得問處既聱訛。答處須得恁麼。其實雲門騎賊馬趕賊。有者錯會道。本是主家話。却是賓家道。所以雲門云倒一說。有什麼死急。這僧問得好。不是目前機。亦非目前事時如何。雲門何不答他別語言。却只向他道倒一說。雲門一時打破他底。到這裏道倒一說。也是好肉上剜瘡。何故。言迹之興白雲萬里。異途之所由生也。設使一時無言無句露柱燈籠。何曾有言句。還會麼。若不會到這裏也須是轉動始知落處。
新字:古人分明向爾道。若論此事。不在言句上。若在言句上。三乗十二分教。豈是無言句。更何用祖師西来。前頭道対一説。這裏却道倒一説。只争一字。為什麼却有千差万別。且道。聱訛在什麼処。所以道。法随法行。法幢随処建立。不是目前機。亦非目前事時如何。只消当頭一点。若是具眼漢。一点也謾他不得問処既聱訛。答処須得恁麼。其実雲門騎賊馬趕賊。有者錯会道。本是主家話。却是賓家道。所以雲門云倒一説。有什麼死急。這僧問得好。不是目前機。亦非目前事時如何。雲門何不答他別語言。却只向他道倒一説。雲門一時打破他底。到這裏道倒一説。也是好肉上剜瘡。何故。言迹之興白雲万里。異途之所由生也。設使一時無言無句露柱灯籠。何曽有言句。還会麼。若不会到這裏也須是転動始知落処。
書き下し
古人分明に爾に向かつて道ふ、若し此の事を論ぜば、言句の上に在らず。若し言句の上に在らば、三乗十二分教、豈に是れ言句無からんや。更に何ぞ祖師の西来を用ゐん。前頭には対一説と道ひ、這裏には却つて倒一説と道ふ。只だ一字を争ふ、什麼としてか却つて千差万別有る。且く道へ、聱訛什麼の処にか在る。所以に道ふ、法は法に随つて行じ、法幢随処に建立すと。是れ目前の機にあらず、亦た目前の事に非ざる時如何。只だ当頭の一点を消ふ。若し是れ具眼の漢ならば、一点も也た他を謾じ得ず。問処既に聱訛なれば、答処須らく恁麼なることを得べし。其の実雲門は賊馬に騎つて賊を趕ふ。有る者は錯つて会して道ふ、本是れ主家の話なるを、却つて是れ賓家道ふ、所以に雲門倒一説と云ふと。什麼の死急か有らん。這の僧問ひ得て好し、是れ目前の機にあらず、亦た目前の事に非ざる時如何と。雲門何ぞ他に別の語言を答へずして、却つて只だ他に向かつて倒一説と道ふ。雲門一時に他の底を打破す。這裏に到つて倒一説と道ふも、也た是れ好肉上に瘡を剜る。何が故ぞ、言迹の興るは白雲万里、異途の由つて生ずる所なり。設使ひ一時に言無く句無くとも、露柱燈籠、何ぞ曾て言句有らん。還た会すや。若し会せずんば、這裏に到つて也た須らく是れ転動して始めて落処を知るべし。
現代語訳
古人ははっきりお前たちに言っている。「この事を論じるなら、言葉の上にはない。もし言葉の上にあるのなら、三乗十二分教にどうして言葉がなかろうか。そのうえ祖師が西から来る必要がどこにあろう」。前の則では「対一説」と言い、ここではかえって「倒一説」と言う。ただ一字の違いなのに、どうしてかえって千差万別があるのか。さあ言ってみよ、厄介なところはどこにあるのか。だから「法は法に随って行われ、法の旗はどこにでも立てられる」と言う。「目の前の働きでもなく、目の前の事でもないときは、どうですか」。ただその場の一点で済む。眼のある者なら、一点たりとも彼をだますことはできない。問うところがすでに厄介なのだから、答えるところもこうでなければならない。実は雲門は賊の馬に乗って賊を追ったのである。ある者は誤って理解して、「もともと主人側の話を客側が言ったから、雲門は倒一説と言ったのだ」と言う。何を慌てているのか。この僧はよく問うた、「目の前の働きでもなく、目の前の事でもないときは、どうですか」と。雲門はなぜ別の言葉で答えず、ただ「倒一説」と言ったのか。雲門は一度に彼の底を打ち破ったのである。ここで「倒一説」と言うのも、きれいな肉をえぐって傷をつけるようなものだ。なぜか。言葉の跡が起これば白雲万里と隔たり、異なる道が生じるもととなる。たとえしばらく言葉も句もなかったとしても、露柱や灯籠にどうして言葉があろうか。わかるか。もしわからなければ、ここに至ってやはり身を転じてはじめて落ち着きどころを知るのである。
解説
この章句が説くこと
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