碧巌録 / 第十三則
舉僧問巴陵。如何是提婆宗巴陵云。銀椀裏盛雪。
書き下し
挙す。僧、巴陵に問ふ、如何なるか是れ提婆宗。巴陵云く、銀椀裏に雪を盛る。
現代語訳
取り上げる。ある僧が巴陵に問うた。「提婆の宗旨とはどのようなものですか」。巴陵は言った。「銀の椀に雪を盛る」。
解説
本則は巴陵顥鑑と僧の問答である。提婆宗とは、龍樹の弟子である迦那提婆が外道を論破して広めた宗旨を指し、馬祖はおよそ言葉あるものはみな提婆宗だと言った。僧がその提婆宗とは何かと問うと、巴陵は銀の椀に雪を盛ると答える。白い椀に白い雪、器と中身が見分けられないほど一つになりながら、それぞれははっきりある。言葉と真理を別々のものとして扱う問いを、巴陵は一枚の情景で受け止めた。言葉を使いながら言葉に縛られない応答の手本である。報告や説明でも、言葉と事実がぴたりと重なる一言を探す姿勢が問われる。
この章句が説くこと
巴陵提婆宗銀椀言葉一色公案
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