碧巌録 / 第十二則
殊不知。南地竹兮北地木。與麻三斤。只是阿爺與阿爹相似。古人答一轉語。決是意不恁麼。正似雪竇道金烏急玉兔速。自是一般寬曠。只是金鍮難辨。魚魯參差。雪竇老婆心切。要破爾疑情。更引箇死漢。因思長慶陸大夫。解道合笑不合哭。若論他頌。只頭上三句。一時頌了。我且問爾。都盧只是箇麻三斤。雪竇却有許多葛藤。只是慈悲忒殺。所以如此。陸亘大夫。作宣州觀察使。參南泉。泉遷化。亘聞喪入寺下祭。却呵呵大笑。院主云。先師與大夫。有師資之義。何不哭。大夫云。道得即哭。院主無語。亘大哭云。蒼天蒼天。先師去世遠矣。後來長慶聞云。大夫合笑不合哭。雪竇借此意大綱道。爾若作這般情解。正好笑莫哭。是即是。末後有一箇字。不妨聱訛。更道咦。雪竇還洗得脫麼。
新字:殊不知。南地竹兮北地木。与麻三斤。只是阿爺与阿爹相似。古人答一転語。決是意不恁麼。正似雪竇道金烏急玉兔速。自是一般寛曠。只是金鍮難弁。魚魯参差。雪竇老婆心切。要破爾疑情。更引箇死漢。因思長慶陸大夫。解道合笑不合哭。若論他頌。只頭上三句。一時頌了。我且問爾。都盧只是箇麻三斤。雪竇却有許多葛藤。只是慈悲忒殺。所以如此。陸亘大夫。作宣州観察使。参南泉。泉遷化。亘聞喪入寺下祭。却呵呵大笑。院主云。先師与大夫。有師資之義。何不哭。大夫云。道得即哭。院主無語。亘大哭云。蒼天蒼天。先師去世遠矣。後来長慶聞云。大夫合笑不合哭。雪竇借此意大綱道。爾若作這般情解。正好笑莫哭。是即是。末後有一箇字。不妨聱訛。更道咦。雪竇還洗得脱麼。
書き下し
殊に知らず、南地の竹、北地の木と麻三斤と、只だ是れ阿爺と阿爹と相似たることを。古人一転語を答ふる、決して是れ意恁麼ならず。正に雪竇の金烏急に玉兎速やかなりと道ふに似て、自ら是れ一般に寛曠なり。只だ是れ金鍮弁じ難く、魚魯参差たり。雪竇老婆心切にして、爾が疑情を破らんことを要し、更に箇の死漢を引く。因みに思ふ長慶と陸大夫と、解く道ふ、合に笑ふべし哭すべからずと。若し他の頌を論ぜば、只だ頭上の三句、一時に頌し了れり。我且く爾に問ふ、都盧只だ是れ箇の麻三斤、雪竇却つて許多の葛藤有り。只だ是れ慈悲忒殺し、所以に此の如し。陸亘大夫、宣州の観察使と作りて南泉に参ず。泉遷化す。亘、喪を聞きて寺に入りて祭を下す。却つて呵呵大笑す。院主云く、先師と大夫とは師資の義有り、何ぞ哭せざる。大夫云く、道ひ得ば即ち哭せん。院主無語。亘大いに哭して云く、蒼天蒼天、先師世を去ること遠し。後来長慶聞きて云く、大夫合に笑ふべし、哭すべからず。雪竇此の意を借りて大綱に道ふ、爾若し這般の情解を作さば、正に好し笑ふべし、哭すること莫かれ。是は即ち是なるも、末後に一箇の字有り、妨げず聱訛なることを。更に咦と道ふ。雪竇還た洗ひ得て脱るや。
現代語訳
まったくわかっていないのだ。南の地の竹、北の地の木と麻三斤とは、ただ「父ちゃん」と「親父」のように同じものであることを。古人が一転語で答えたのは、決してそのような意味ではない。まさに雪竇が「金烏は急ぎ、玉兎は速い」と言ったのと同じで、おのずから広々としている。ただ金と真鍮は見分けにくく、魚の字と魯の字は取り違えやすい。雪竇は老婆のように親切に、お前たちの疑いを破ろうとして、さらに一人の死人を引き合いに出した。「そこで思い出すのは長慶と陸大夫のこと、笑うべきであって泣くべきではないとよく言ったものだ」。彼の頌について言えば、初めの三句だけで一度に詠み尽くしている。わたしはお前たちに問う。すべてはただ麻三斤にすぎないのに、雪竇はかえってこれほど多くの言葉のもつれを重ねた。ただ慈悲があまりに深いので、こうなったのである。陸亘大夫は宣州の観察使であったとき、南泉に参じていた。南泉が遷化すると、陸亘は喪を聞いて寺に入り祭祀を行ったが、かえって大声で笑った。院主が「先師と大夫とは師弟の間柄なのに、なぜ泣かないのですか」と言うと、大夫は「ひとこと言い得たなら泣こう」と言った。院主は言葉がなかった。陸亘は大声で泣いて言った。「ああ天よ、天よ、先師が世を去られてもう遠い」。後に長慶がこれを聞いて「大夫は笑うべきであって、泣くべきではなかった」と言った。雪竇はこの意を借りて、大筋として言うのである。お前たちがもしこのような情による理解をするなら、まさに笑うがよい、泣くことはない、と。それはそれでよいが、最後に一字あって、なかなか厄介である。さらに「咦」と言った。雪竇はこれで洗い落として抜け出せたであろうか。
解説
この章句が説くこと
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