碧巌録 / 第十二則
洞山初參雲門。門問。近離甚處。山云。渣渡。門云。夏在甚麼處。山云。湖南報慈。門云。幾時離彼中。山云。八月二十五。門云。放爾三頓棒。參堂去。師晚間入室。親近問云。某甲過在什麼處。門云。飯袋子。江西湖南便恁麼去。洞山於言下。豁然大悟。遂云。某甲他日向無人煙處。卓箇庵子。不蓄一粒米。不種一莖菜。常接待往來十方大善知識。盡與伊抽却釘。技却楔。拈却膱脂帽子。脫却鶻臭布衫。各令灑灑落落地。作箇無事人去。門云。身如椰子大。開得許大口。洞山便辭去。他當時悟處。直下穎脫。豈同小見後來出世應機麻三斤語。諸方只作答佛話會如何是佛。杖林山下竹筋鞭。丙丁童子來求火。只管於佛上作道理。
新字:洞山初参雲門。門問。近離甚処。山云。渣渡。門云。夏在甚麼処。山云。湖南報慈。門云。幾時離彼中。山云。八月二十五。門云。放爾三頓棒。参堂去。師晩間入室。親近問云。某甲過在什麼処。門云。飯袋子。江西湖南便恁麼去。洞山於言下。豁然大悟。遂云。某甲他日向無人煙処。卓箇庵子。不蓄一粒米。不種一茎菜。常接待往来十方大善知識。尽与伊抽却釘。技却楔。拈却膱脂帽子。脱却鶻臭布衫。各令灑灑落落地。作箇無事人去。門云。身如椰子大。開得許大口。洞山便辞去。他当時悟処。直下穎脱。豈同小見後来出世応機麻三斤語。諸方只作答仏話会如何是仏。杖林山下竹筋鞭。丙丁童子来求火。只管於仏上作道理。
書き下し
洞山初め雲門に参ず。門問ふ、近離甚れの処ぞ。山云く、渣渡。門云く、夏甚麼の処にか在る。山云く、湖南の報慈。門云く、幾時か彼中を離る。山云く、八月二十五。門云く、爾に三頓の棒を放す。参堂し去れ。師、晩間に入室し、親近して問うて云く、某甲過什麼の処にか在る。門云く、飯袋子、江西湖南、便ち恁麼にし去るか。洞山言下に於て豁然として大悟す。遂に云く、某甲他日人煙無き処に向かつて箇の庵子を卓て、一粒の米を蓄へず、一茎の菜を種ゑず、常に往来の十方の大善知識を接待し、尽く伊が与に釘を抽却し、楔を抜却し、膱脂の帽子を拈却し、鶻臭の布衫を脱却して、各々灑灑落落地として、箇の無事の人と作り去らしめん。門云く、身は椰子の大きさの如くにして、許大の口を開き得たり。洞山便ち辞し去る。他当時の悟処、直下に穎脱す。豈に小見に同じからんや。後来出世して機に応ずる麻三斤の語を、諸方只だ仏に答ふる話の会を作す。如何なるか是れ仏、杖林山下の竹筋鞭、丙丁童子来たりて火を求む。只管に仏上に於て道理を作す。
現代語訳
洞山が初めて雲門に参じたとき、雲門が問うた。「最近どこを発ってきたのか」。洞山「渣渡です」。雲門「夏安居はどこで過ごしたのか」。洞山「湖南の報慈寺です」。雲門「いつそこを発ったのか」。洞山「八月二十五日です」。雲門「お前に三十棒を三度くれてやるところだが、許してやる。僧堂へ行け」。洞山は夜になって部屋に入り、雲門のそばに寄って問うた。「わたしの過ちはどこにあったのでしょうか」。雲門「この飯袋め、江西だ湖南だと、そんなふうにうろついていたのか」。洞山はその言葉のもとでからりと大悟した。そこで言った。「わたしは後日、人里離れたところに庵を建て、一粒の米も蓄えず、一本の菜も植えず、いつも諸方から行き来する大善知識をもてなし、その人たちのために釘を抜き、楔を抜き、脂じみた帽子を取り去り、汗臭い肌着を脱がせて、それぞれさっぱりと無事の人にしてやりましょう」。雲門は「身体は椰子の実ほどの大きさなのに、ずいぶん大きな口をたたくものだ」と言った。洞山はそこで辞去した。彼がそのとき悟ったところは、まっすぐに抜きんでており、どうして小さな見識と同じであろうか。のちに世に出て機に応じて言った麻三斤の語を、諸方ではただ仏に答えた話として理解する。「仏とは何か」「杖林山の麓の竹の鞭」、「丙丁童子が来て火を求める」などと、ひたすら仏について理屈をこねている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『無門関』第十五則 洞山三頓雲門、洞山參ずる次(ついで)に因る。門問ひて曰く、「近ごろ甚(いづ)れの處をか離る」。山云く、「查渡(さと)」。門曰く、「夏は甚れの處に在りしか」。山云く、「湖南の報慈」。門曰く、「幾時か彼(かしこ)を離る」。山云く、「八月二十五」。門曰く、「汝に三頓の棒を放(ゆる)す」。山明日に至りて卻って上りて問訊す、「昨日和尚の三頓の棒を放すを蒙る。知らず、過(とが)は甚麼(いづれ)の處にか在る」。門曰く、「飯袋子(はんたいす)、江西湖南、便ち恁麼(いんも)にし去るか」。山、此に於て大悟す。
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『碧巌録』第十二則這箇の公案、多少の人か錯つて会す。直に是れ咬嚼し難く、爾が口を下す処無し。何が故ぞ、淡くして味無ければなり。古人、仏に答ふる話多少か有る。或いは云く、殿裏底。或いは云く、三十二相。或いは云く、杖林山下の竹筋鞭。洞山に至るに及んで、却つて麻三斤と道ふ。妨げず、古人の舌頭を截断することを。人多く話会を作して道ふ、洞山是の時庫下に在りて麻を秤る。僧有りて問ふ、所以に此の如く答ふと。有る底は道ふ、洞山東を問へば西を答ふと。有る底は道ふ、爾は是れ仏なるに、更に去きて仏を問ふ、所以に洞山路を遶りて之に答ふと。死漢更に一般有りて道ふ、只だ這の麻三斤便ち是れ仏と。且つ没交渉なることを得たり。爾若し恁麼に洞山の句下に去きて尋討せば、参じて弥勒仏の下生に到るも、也た未だ夢にも見ざること在らん。何が故ぞ、言語は只だ是れ載道の器なり。殊に知らず、古人の意、只管に句中に去きて求む、什麼の巴鼻か有らん。見ずや、古人道ふ、道は本言無し、言に因りて道を顕す。道を見れば即ち言を忘る。若し這裏に到らば、我に第一機を還し来たりて始めて得ん。只だ這の麻三斤、一に長安の大路一条に似て相似たり。足を挙げ足を下す、是ならざること有ること無し。這箇の話、雲門の餬餅の話と是れ一般なり。妨げず会し難きことを。五祖先師頌して云く、賤売す担板漢、秤に貼す麻三斤。千百年の滞貨、渾身を著くるに処無し。爾但だ情塵意想、得失是非を計較することを打畳し得て、一時に浄尽せば、自然に会し去らん。
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『無門関』第十五則 洞山三頓無門曰く、雲門、当時便ち本分の草料を与えて、洞山をして別に生機一路有らしめば、家門寂寥を致さざらん。一夜是非の海裏に在って著到し、直に天明を待って、再来するに又た他の与に注破す。洞山直下に悟り去るも、未だ是れ性燥ならず。且く諸人に問う、洞山の三頓の棒、合に喫すべきか合に喫すべからざるか。若し合に喫すべしと道わば、草木叢林皆な合に棒を喫すべし。若し合に喫すべからずと道わば、雲門又た誑語を成す。者裏に向かって明らめ得ば、方に洞山の与に一口の気を出さん。頌に曰く、獅子児を教う迷子の訣、前まんと擬して跳躑すれば早く翻身す。端無くも再び叙べて当頭に著く、前箭は猶お軽く後箭は深し。
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『無門関』第十八則 洞山三斤無門曰く、洞山老人、些かの蚌蛤禅を参得して、纔かに両片を開いて、肝腸を露出す。然も是の如くなりと雖も、且く道え、甚れの処に向かってか洞山を見ん。頌に曰く、突出す麻三斤、言親しく意更に親し。来たって是非を説く者、便ち是れ是非の人。
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『無門関』第十八則 洞山三斤洞山和尚、僧の問ふに因る、「如何なるか是れ佛」。山云く、「麻三斤」。
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『碧巌録』第十二則垂示に云く、殺人刀、活人剣は、乃ち上古の風規にして、亦た今時の枢要なり。若し殺を論ぜば、一毫をも傷つけず。若し活を論ぜば、身を喪ひ命を失す。所以に道ふ、向上の一路、千聖も伝へず。学者形を労すること、猿の影を捉ふるが如し。且く道へ、既に是れ伝へずんば、什麼としてか却つて許多の葛藤公案有る。具眼の者、試みに説け看ん。挙す。僧、洞山に問ふ、如何なるか是れ仏。山云く、麻三斤。
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