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碧巌録 / 第十二則

金烏急 玉兔速善應何曾有輕觸 展事投機見洞山跛鱉盲龜入空谷花簇簇錦簇簇 南地竹兮北地木因思長慶陸大夫解道合笑不合哭咦雪竇見得透。所以劈頭便道。金烏急玉兔速。與洞山答麻三斤。更無兩般。日出月沒。日日如是。人多情解。只管道。金烏是左眼。玉兔是右眼。纔問著便瞠眼云。在這裏有什麼交涉。若恁麼會。達磨一宗掃地而盡。

新字:金烏急 玉兔速善応何曽有軽触 展事投機見洞山跛鱉盲亀入空谷花簇簇錦簇簇 南地竹兮北地木因思長慶陸大夫解道合笑不合哭咦雪竇見得透。所以劈頭便道。金烏急玉兔速。与洞山答麻三斤。更無両般。日出月没。日日如是。人多情解。只管道。金烏是左眼。玉兔是右眼。纔問著便瞠眼云。在這裏有什麼交渉。若恁麼会。達磨一宗掃地而尽。

書き下し

金烏急に、玉兎速やかなり。善く応じて何ぞ曾て軽触有らん。展事投機に洞山を見ば、跛鼈盲亀空谷に入る。花簇簇、錦簇簇。南地の竹、北地の木。因みに思ふ長慶と陸大夫と、解く道ふ、合に笑ふべし哭すべからずと。咦。雪竇見得て透る。所以に劈頭に便ち道ふ、金烏急に玉兎速やかなりと。洞山の麻三斤と答ふると、更に両般無し。日出で月没す、日日是の如し。人多く情解して、只管に道ふ、金烏は是れ左眼、玉兎は是れ右眼と。纔かに問著すれば便ち眼を瞠りて云く、這裏に在りと。什麼の交渉か有らん。若し恁麼に会せば、達磨の一宗、地を掃うて尽きん。

現代語訳

金の烏(太陽)は急ぎ、玉の兎(月)は速やかに過ぎる。よく応じて、どうして軽々しく触れることがあろうか。言葉で事を述べ機に投じるものとして洞山を見るなら、足の悪い亀、目の見えぬ亀が空っぽの谷に入り込むようなものだ。花はこんもり、錦もこんもり。南の地の竹、北の地の木。そこで思い出すのは長慶と陸大夫のこと、「笑うべきであって泣くべきではない」とよく言ったものだ。ああ。雪竇は見抜いて徹している。だから冒頭にいきなり「金烏は急ぎ、玉兎は速い」と言ったのである。洞山が麻三斤と答えたのと、まったく別のことではない。日が出て月が沈む、毎日このとおりである。多くの人は情で解して、ひたすら「金烏は左目、玉兎は右目だ」と言い、問われるとすぐ目を見開いて「ここにある」と言う。何の関わりがあろうか。もしそのように理解するなら、達磨の一宗は地を掃ったように跡形もなくなってしまう。

解説

雪竇の頌と圜悟の頌評唱の冒頭である。底本では頌の第三句以下が評唱の頭に入っているので、頌と評唱の冒頭を一つにした。雪竇は冒頭で、太陽は急ぎ月は速く過ぎると詠み、麻三斤を説明せずに日月の運行という当たり前の事実を差し出す。圜悟は、これが麻三斤とまったく同じだと言い、金烏を左眼、玉兎を右眼と解いて目を見開いてみせるような解釈を退ける。象徴を読み解いて得意になると、肝心の働きが消える。日が昇り月が沈むように、仕事もまた毎日の当たり前の繰り返しの中にある。そこで答えを探す眼を問う頌である。

この章句が説くこと

雪竇金烏玉兎麻三斤日常分別公案

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