碧巌録 / 第十則
這僧也善雕琢。爭奈龍頭蛇尾。當時若不是睦州。也被他惑亂一場。只如他問近離什麼處。僧便喝。且道他意作麼生。這老漢也不忙。緩緩地向他道。老僧被汝一喝。似領他話在一邊。又似驗他相似。斜身看他如何。這僧又喝。似則似是則未是。被這老漢穿却鼻孔來也。遂問云。三喝四喝後作麼生。這僧果然無語。州便打云。這掠虛頭漢。驗人端的處。下口便知音。可惜許。這僧無語。惹得睦州道掠虛頭漢。若是諸人。被睦州道三喝四喝後作麼生。合作麼生祇對。免得他道掠虛頭漢。這裏若是識存亡。別休咎。脚踏實地漢。誰管三喝四喝後作麼生。只為這僧無語。被這老漢便據欵結案。聽取雪竇頌出。
新字:這僧也善雕琢。争奈竜頭蛇尾。当時若不是睦州。也被他惑乱一場。只如他問近離什麼処。僧便喝。且道他意作麼生。這老漢也不忙。緩緩地向他道。老僧被汝一喝。似領他話在一辺。又似験他相似。斜身看他如何。這僧又喝。似則似是則未是。被這老漢穿却鼻孔来也。遂問云。三喝四喝後作麼生。這僧果然無語。州便打云。這掠虚頭漢。験人端的処。下口便知音。可惜許。這僧無語。惹得睦州道掠虚頭漢。若是諸人。被睦州道三喝四喝後作麼生。合作麼生祇対。免得他道掠虚頭漢。這裏若是識存亡。別休咎。脚踏実地漢。誰管三喝四喝後作麼生。只為這僧無語。被這老漢便拠欵結案。聴取雪竇頌出。
書き下し
這の僧も也た善く雕琢す。争奈せん龍頭蛇尾なることを。当時若し是れ睦州にあらずんば、也た他に惑乱せらるること一場ならん。只だ他の「近離什麼の処ぞ」と問ふが如き、僧便ち喝す。且く道へ、他の意作麼生。這の老漢も也た忙はず、緩緩地に他に向つて道ふ、「老僧汝に一喝せらる」。他の話を領して一辺に在くに似、又他を験するに似て相似たり。身を斜めにして他の如何を看る。這の僧又喝す。似ることは則ち似たるも、是なることは則ち未だ是ならず。這の老漢に鼻孔を穿却せられ来る。遂に問うて云く、「三喝四喝の後作麼生」。這の僧果然として無語。州便ち打つて云く、「這の掠虚頭の漢」。人を験する端的の処、口を下せば便ち音を知る。惜しむべし、這の僧無語にして、睦州の掠虚頭の漢と道ふことを惹き得たり。若し是れ諸人ならば、睦州に「三喝四喝の後作麼生」と道はれて、合に作麼生か祇対して、他の掠虚頭の漢と道ふことを免れ得べき。這裏若し是れ存亡を識り、休咎を別つ、脚実地を踏む漢ならば、誰か三喝四喝の後作麼生を管せん。只だ這の僧無語なるが為に、這の老漢に便ち款に拠つて案を結せらる。雪竇の頌出するを聴取せよ。
現代語訳
この僧もうまく自分を飾り立てた。だが竜頭蛇尾なのをどうしようもない。その時もし睦州でなかったら、彼にひとしきり惑わされたことだろう。睦州が「近ごろどこから来たのか」と問うと、僧はすぐさま喝した。さあ言ってみよ、彼の意図はどうか。この老人も慌てず、ゆったりと彼に「わしはお前に一喝されたわい」と言った。彼の言葉を受け取って脇に置いたようでもあり、また彼を試したようでもある。身を斜めにして、彼がどう出るかを見たのである。この僧はまた喝した。似ていることは似ているが、正しいとはまだ言えない。この老人に鼻の穴に縄を通されてしまったのだ。そこで睦州は「三喝、四喝の後はどうするのか」と問うた。この僧は案の定言葉がなかった。睦州はすぐに打って「このはったり野郎め」と言った。人を試す要のところでは、口を開けばすぐに音色がわかる。惜しいことに、この僧は言葉がなく、睦州に「はったり野郎」と言わせてしまった。もし皆さんなら、睦州に「三喝、四喝の後はどうするのか」と言われて、どう応対すれば「はったり野郎」と言われずに済むか。ここで、もし存亡を知り、吉凶を見分け、足が大地を踏みしめている男であれば、誰が三喝四喝の後どうするかなど気にかけようか。ただこの僧が言葉に詰まったために、この老人に自白に基づいて判決を下されてしまったのである。雪竇が頌に詠み出すのを聴け。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
-
『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
-
人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
-
論語・顔淵篇司馬牛、仁を問う。子曰く、「仁者は、其の言や訒し。」曰く、「其の言や訒しければ、斯れ之を仁と謂うか。」子曰く、「之を為すこと難し、之を言うこと訒きこと無きを得んや。」
-
『甲陽軍鑑』品第六如此の三楽も無果報〓にや終に一国とはたもたず、彼の三楽信玄公の背語申つることを聞て弥三楽を高上に存する也、古語に曰く、金以火ヲ試ミ人ハ以言ヲ試ム云々、人の善悪を云にて、其の者の行何計の者也としる可、人は人をほむるもそしるも大切ならん、九思一言ことはにけがのなきが実の武士ならん、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る