碧巌録 / 第四則
何故。佛法無許多事。那裏著得情見來。是他心機那裏有如許多阿勞。所以玄沙道。直似秋潭月影。靜夜鐘聲。隨扣擊以無虧。觸波瀾而不散。猶是生死岸頭事。到這裏亦無得失是非。亦無奇特玄妙。既無奇特玄妙。作麼生會他從東過西。從西過東。且道。意作麼生。溈山老漢。也不管他。若不是溈山。也被他折挫一上。看他溈山老作家相見。只管坐觀成敗。若不深辯來風。爭能如此。
新字:何故。仏法無許多事。那裏著得情見来。是他心機那裏有如許多阿労。所以玄沙道。直似秋潭月影。静夜鐘声。随扣撃以無虧。触波瀾而不散。猶是生死岸頭事。到這裏亦無得失是非。亦無奇特玄妙。既無奇特玄妙。作麼生会他従東過西。従西過東。且道。意作麼生。溈山老漢。也不管他。若不是溈山。也被他折挫一上。看他溈山老作家相見。只管坐観成敗。若不深弁来風。争能如此。
書き下し
何が故ぞ。仏法に許多の事無し、那裏にか情見を著け得来らん。是れ他の心機那裏にか如許多の阿労有らん。所以に玄沙道ふ、「直に秋潭の月影、静夜の鐘声の、扣撃するに随つて以て虧くること無く、波瀾に触れて散ぜざるに似たるも、猶ほ是れ生死岸頭の事なり」。這裏に到つては亦た得失是非無く、亦た奇特玄妙無し。既に奇特玄妙無くんば、作麼生か他の東より西に過ぎ、西より東に過ぐるを会せん。且く道へ、意作麼生。溈山老漢、也た他を管せず。若し是れ溈山にあらずんば、也た他に折挫せらるること一上ならん。看よ他の溈山老作家の相見、只管に坐して成敗を観る。若し深く来風を弁ぜずんば、争でか能く此の如くならん。
現代語訳
なぜか。仏法には余計な事はない。どこに情による見方を入れる余地があろうか。彼の心の働きのどこに、そんなに多くの煩わしさがあろうか。だから玄沙は言った。「たとえ秋の淵に映る月影や静かな夜の鐘の音のように、打てば打つほど欠けることなく、波に触れても散らないとしても、なお生死の岸辺の事にすぎない」と。ここに至っては、得失も是非もなく、珍しさも玄妙さもない。珍しさも玄妙さもないなら、彼が東から西へ、西から東へと歩いたのをどう理解するのか。さあ言ってみよ、その意はどうなのか。溈山老漢は少しも構わなかった。もし溈山でなかったなら、徳山にひとたびへし折られていたことだろう。溈山という老練の師家の相見ぶりを見よ。ただ坐って勝ち負けを見ていた。もし深く相手の来る風を見分けていなければ、どうしてこのようにできようか。
解説
この章句が説くこと
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