碧巌録 / 第四則
婆遂指令去參龍潭。纔跨門便問。久嚮龍潭。及乎到來。潭又不見。龍又不現。龍潭和尚。於屏風後。引身云。子親到龍潭。師乃設禮而退。至夜間入室。侍立更深潭云。何不下去。山遂珍重。揭簾而出。見外面黑却回云。門外黑。潭遂點紙燭度與山。山方接潭便吹滅。山豁然大悟。便禮拜。潭云。子見箇什麼便禮拜。山云。某甲自今後。更不疑著天下老和尚舌頭。至來日。潭上堂云。可中有箇漢。牙如劍樹。口似血盆。一棒打不回頭。他時異日。向孤峯頂上。立吾道去在。
新字:婆遂指令去参竜潭。纔跨門便問。久嚮竜潭。及乎到来。潭又不見。竜又不現。竜潭和尚。於屏風後。引身云。子親到竜潭。師乃設礼而退。至夜間入室。侍立更深潭云。何不下去。山遂珍重。掲簾而出。見外面黒却回云。門外黒。潭遂点紙燭度与山。山方接潭便吹滅。山豁然大悟。便礼拝。潭云。子見箇什麼便礼拝。山云。某甲自今後。更不疑著天下老和尚舌頭。至来日。潭上堂云。可中有箇漢。牙如剣樹。口似血盆。一棒打不回頭。他時異日。向孤峯頂上。立吾道去在。
書き下し
婆遂に指して龍潭に参ぜしむ。纔かに門を跨いで便ち問ふ、「久しく龍潭を嚮ふ。到り来るに及んでは、潭も又見えず、龍も又現ぜず」。龍潭和尚、屏風の後に於て身を引いて云く、「子親しく龍潭に到れり」。師乃ち礼を設けて退く。夜間に至つて入室し、侍立して更深し。潭云く、「何ぞ下り去らざる」。山遂に珍重して、簾を掲げて出づ。外面の黒きを見て却回して云く、「門外黒し」。潭遂に紙燭を点じて山に度与す。山方に接せんとするに、潭便ち吹滅す。山豁然として大悟し、便ち礼拝す。潭云く、「子箇の什麼をか見て便ち礼拝する」。山云く、「某甲今自り後、更に天下の老和尚の舌頭を疑著せず」。来日に至つて、潭上堂して云く、「可中に箇の漢有り、牙は剣樹の如く、口は血盆に似たり。一棒に打てども頭を回らさず。他時異日、孤峰頂上に向つて、吾が道を立て去ること在らん」。
現代語訳
老婆はそこで龍潭に参じるよう指し示した。徳山は門をまたぐなり問うた。「久しく龍潭(龍の淵)を慕ってきたが、来てみれば淵も見えず、龍も現れない」。龍潭和尚は屏風の後ろから身を乗り出して言った。「そなたは親しく龍潭に来ているではないか」。徳山はそこで礼をして退いた。夜になって部屋に入り、そばに立って夜が更けた。龍潭は言った。「なぜ下がらないのか」。徳山は挨拶をして、簾を上げて出た。外が真っ暗なのを見て引き返して言った。「門の外が暗いのです」。龍潭は紙燭に火を点して徳山に渡した。徳山が受け取ろうとしたとたん、龍潭はそれを吹き消した。徳山はからりと大悟し、すぐに礼拝した。龍潭は言った。「そなたは何を見て礼拝するのか」。徳山は言った。「私は今から後、もう天下の老和尚たちの言葉を疑いません」。翌日、龍潭は上堂して言った。「この中に一人の男がいる。牙は剣の林のようで、口は血の盆のようだ。一棒で打っても振り返らない。いつか孤峰の頂で、わが道を立てることだろう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『無門関』第二十八則 久響龍潭龍潭、德山の請益して夜に抵(いた)るに因る。潭云く、「夜深けたり、子(し)何ぞ下り去らざる」。山遂に珍重して簾を揭げて出づ。外面の黑きを見て卻回して云く、「外面黑し」。潭乃ち紙燭を點じて度與(どよ)す。山接せんと擬す。潭便ち吹き滅す。山此に於て忽然として省有り。便ち禮を作す。潭云く、「子箇の甚麼(なん)の道理をか見る」。山云く、「某甲今日より去(のち)、天下の老和尚の舌頭を疑はず」。明日に至りて龍潭陞堂して云く、「可中(かちゅう)に箇の漢有り、牙は劍樹の如く、口は血盆に似たり。一棒に打てども頭を回らさず。他時異日、孤峰頂上に向かって吾が道を立てん」。山遂に疏抄を取り、法堂の前に於て一炬の火を將(も)って、提起して云く、「諸の玄辨を窮むるも、一毫を太虛に致(お)くが若し。世の樞機を竭(つ)くすも、一滴を巨壑(きょがく)に投ずるに似たり」。疏抄を將って便ち燒く。是に於て禮辭す。
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『碧巌録』第四則山遂に疏鈔を取つて、法堂の前に於て、火炬を将つて挙起して云く、「諸の玄弁を窮むるも、一毫を太虚に置くが若く、世の枢機を竭すも、一滴を巨壑に投ずるに似たり」。遂に之を焼く。後に溈山の盛化を聞いて、直に溈山に造り、便ち作家として相見す。包も亦た解かず、直に法堂に上り、東より西に過ぎ、西より東に過ぎ、顧視して云く、「無、無」。便ち出づ。且く道へ、意作麼生。是れ顛なること莫しや。人多く錯り会して、用て建立と作す。直に是れ交渉無し。看よ他の恁麼なる、妨げず奇特なることを。所以に道ふ、「群を出づるは須らく是れ英霊の漢なるべし、勝に敵するは還た他の師子児なり。選仏に若し是の如きの眼無くんば、仮饒ひ千載なるも又奚をか為さん」。這裏に到つては須らく是れ通方の作者にして、方に始めて見得すべし。
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『碧巌録』第四則挙す。徳山溈山に到り、複子を挟んで法堂上に於て、東より西に過ぎ、西より東に過ぎ、顧視して云く、「無、無」。便ち出づ。雪竇著語して云く、「勘破し了れり」。徳山門首に至つて却つて云く、「也た草草なることを得ず」。便ち威儀を具して、再び入つて相見す。溈山坐する次、徳山坐具を提起して云く、「和尚」。溈山払子を取らんと擬す。徳山便ち喝して、払袖して出づ。雪竇著語して云く、「勘破し了れり」。徳山法堂を背却し、草鞋を著けて便ち行く。溈山晩に至つて首座に問ふ、「適来の新到什麼の処にか在る」。首座云く、「当時法堂を背却し、草鞋を著けて出で去れり」。溈山云く、「此の子已後、孤峰頂上に向つて、草庵を盤結して、仏を呵し祖を罵り去ること在らん」。雪竇著語して云く、「雪上に霜を加ふ」。
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『無門関』第二十八則 久響龍潭無門曰く、徳山未だ関を出でざる時、心憤憤(ふんぷん)、口悱悱(ひひ)として、得得として南方に来たり、教外別伝の旨を滅却せんと要す。澧州の路上に到るに及んで、婆子に問うて点心を買はんとす。婆云く、「大徳の車子の内は是れ甚麼(なん)の文字ぞ」。山云く、「金剛経の抄疏」。婆云く、「只だ経中に道ふが如きんば、過去心不可得、見在心不可得、未来心不可得と。大徳、那箇(いずれ)の心にか点ぜんと要す」。徳山、者(こ)の一問を被りて、直に口、匾檐(へんたん)に似たることを得たり。是の如くなりと然雖(いえど)も、未だ肯(あ)へて婆子の句下に向かって死却せず。遂に婆子に問ふ、「近処に甚麼の宗師か有る」。婆云く、「五里の外に龍潭和尚有り」。龍潭に到るに及んで敗闕(はいけつ)を納れ尽くす。謂つべし、是れ前言、後語に応ぜずと。龍潭、大いに児を憐れんで醜きことを覚えざるに似たり。他の些子(しゃし)の火種有るを見て、郎忙(ろうぼう)として悪水を将(も)って、驀頭(まくとう)に一澆(いちぎょう)に澆殺す。冷地に看来たれば一場の好笑なり。頌に曰く、名を聞かんよりは面を見んに如かず。面を見んよりは名を聞かんに如かず。鼻孔を救ひ得たりと雖然(いえど)も、争奈(いかん)せん眼睛を瞎却(かっきゃく)することを。
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『碧巌録』第四則這の漢這般の手段有りて、死中に活を得たり。雪竇引いて頌中に在き、用て徳山の再び入つて相見し、依旧として他に跳び得て出で去らるるに比す。看よ他の古人、見到り、説到り、行到り、用到る。妨げず英霊なることを。人を殺して眼を眨せざる底の手脚有つて、方に立地に成仏すべし。立地に成仏する底の人有れば、自然に人を殺して眼を眨せず。方に自由自在の分有り。如今の人有る底は、問著すれば頭上一に衲僧の気概に似たり。軽軽に拶著すれば、便ち腰段を做し、股截を做し、七支八離して、渾て些子の相続する処無し。所以に古人道ふ、「相続も也た大いに難し」と。看よ他の徳山溈山此の如くなる、豈に是れ滅滅挈挈底の見解ならんや。「再び完全を得るは能く幾箇ぞ」。「急に走過す」。徳山喝して便ち出で去る、一に李広の捉へられて後に計を設け、一箭に一箇の番将を射殺して、虜庭を出づることを得たるに似て相似たり。雪竇頌して此に到る、大いに工夫有り。徳山法堂を背却し、草鞋を著けて出で去る、便宜を得たりと道ふ。殊に知らず、這の老漢、依旧として他を放して頭を出さしめざること在ることを。雪竇道ふ、「放過せず」。溈山晩間に至つて首座に問ふ、「適来の新到什麼の処にか在る」。首座云く、「当時法堂を背却し、草鞋を著けて出で去れり」。溈山云く、「此の子他日、孤峰頂上に向つて、草庵を盤結して、仏を呵し祖を罵り去ること在らん」。幾曾か是れ放過し来る。妨げず奇特なることを。這裏に到つて、雪竇什麼と為てか道ふ、「孤峰頂上草裏に坐す」。又一喝を下す。且く道へ、什麼の処にか落在す。更に参ぜよ三十年。
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『碧巌録』第六十六則看よ他の龍牙行脚の時、箇の問端を致して徳山に問ふ、「学人鏌鎁の剣に仗りて、師の頭を取らんと擬する時如何」。徳山、頸を引きて近前して云く、「[囗@力]」。龍牙云く、「師の頭落ちたり」。山便ち方丈に帰る。牙、後に洞山に挙似す。洞山云く、「徳山当時什麼とか道ひし」。牙云く、「他は語無し」。洞山云く、「他の語無きことは則ち且く置く、我に徳山の落ちたる底の頭を借し来たれ、看ん」。牙、言下に於いて大悟し、遂に香を焚きて遥かに徳山を望みて礼拝懺悔す。僧有りて伝へて徳山の処に到る。徳山云く、「洞山老漢、好悪を識らず。這の漢死し来たること多少の時ぞ。救ひ得るも什麼の用処か有らん」と。
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