碧巌録 / 第二則
這僧出來。也不妨奇特。捉趙州空處。便去拶他。既不在明白裏。護惜箇什麼。趙州更不行棒行喝。只道。我亦不知。若不是這老漢。被他拶著。往往忘前失後。賴是這老漢。有轉身自在處。所以如此答他。如今禪和子。問著也道。我亦不知不會。爭奈同途不同轍。這僧有奇特處。方始會問。和尚既不知。為什麼却道不在明白裏。更好一拶。若是別人。往往分疏不下。趙州是作家。只向他道。問事即得。禮拜了退。這僧依舊無奈這老漢何。只得飲氣吞聲。此是大手宗師。不與爾論玄論妙。論機論境。一向以本分事接人。所以道。相罵饒爾接嘴。相唾饒爾潑水。殊不知。這老漢。平生不以棒喝接人。只以平常言語。只是天下人不奈何。蓋為他平生無許多計較。所以橫拈倒用。逆行順行。得大自在。如今人不理會得。只管道。趙州不答話。不為人說。殊不知。當面蹉過。
新字:這僧出来。也不妨奇特。捉趙州空処。便去拶他。既不在明白裏。護惜箇什麼。趙州更不行棒行喝。只道。我亦不知。若不是這老漢。被他拶著。往往忘前失後。頼是這老漢。有転身自在処。所以如此答他。如今禅和子。問著也道。我亦不知不会。争奈同途不同轍。這僧有奇特処。方始会問。和尚既不知。為什麼却道不在明白裏。更好一拶。若是別人。往往分疏不下。趙州是作家。只向他道。問事即得。礼拝了退。這僧依旧無奈這老漢何。只得飲気呑声。此是大手宗師。不与爾論玄論妙。論機論境。一向以本分事接人。所以道。相罵饒爾接嘴。相唾饒爾溌水。殊不知。這老漢。平生不以棒喝接人。只以平常言語。只是天下人不奈何。蓋為他平生無許多計較。所以横拈倒用。逆行順行。得大自在。如今人不理会得。只管道。趙州不答話。不為人説。殊不知。当面蹉過。
書き下し
這の僧出で来る、也た妨げず奇特なることを。趙州の空処を捉へて、便ち去いて他を拶す、「既に明白裏に在らずんば、箇の什麼をか護惜せん」。趙州更に棒を行ぜず喝を行ぜず、只だ道ふ、「我も亦た知らず」。若し是れ這の老漢にあらずんば、他に拶著せられて、往往に前を忘れ後を失せん。頼に是れ這の老漢、転身自在の処有り、所以に此の如く他に答ふ。如今の禅和子、問著すれば也た道ふ、「我も亦た知らず、不会」と。争奈せん途を同じうして轍を同じうせざることを。這の僧奇特の処有り、方に始めて問ふことを会す、「和尚既に知らずんば、什麼と為てか却つて明白裏に在らずと道ふ」。更に好き一拶なり。若し是れ別人ならば、往往に分疏不下ならん。趙州は是れ作家、只だ他に向つて道ふ、「事を問ふことは即ち得たり。礼拝し了つて退け」。這の僧依旧として這の老漢を奈何ともすること無く、只だ気を飲み声を呑むことを得たり。此れは是れ大手の宗師、爾と玄を論じ妙を論じ、機を論じ境を論ぜず、一向に本分の事を以て人を接す。所以に道ふ、「相罵らば爾が嘴を接ぐに饒し、相唾せば爾が水を潑ぐに饒す」。殊に知らず、這の老漢、平生棒喝を以て人を接せず、只だ平常の言語を以てすることを。只だ是れ天下の人奈何ともせず。蓋し他の平生許多の計較無きが為に、所以に横拈倒用、逆行順行、大自在を得たり。如今の人理会し得ず、只管に道ふ、「趙州答話せず、人の為に説かず」と。殊に知らず、当面に蹉過することを。
現代語訳
この僧が出て来たのは、なかなか見事である。趙州の空いたところを捉えて、すぐに迫った。「明白の中にいないのなら、何を大事に守るのですか」。趙州はさらに棒も喝も用いず、ただ「わしも知らぬ」と言った。もしこの老漢でなければ、迫られて、たいてい前後を見失ってしまうところだ。幸いこの老漢には身を転じる自在さがあったので、このように答えた。今の禅僧も、問われれば「わしも知らぬ、わからぬ」と言う。だが、同じ道を行っても轍は同じではない。この僧には見事なところがあり、ようやく問い方を心得ている。「和尚がご存じないのなら、なぜ明白の中にいないとおっしゃるのですか」。さらに良い一押しである。もし別の人なら、たいてい申し開きができないだろう。趙州は練達の師家なので、ただ彼に「問うことはもう済んだ。礼拝して下がれ」と言った。この僧は相変わらずこの老漢をどうすることもできず、ただ息を呑み声を呑むしかなかった。これこそ大手腕の宗師であり、玄妙を論じたり機や境を論じたりせず、ひたすら本分の事で人を導く。だから「罵り合えば、お前に口答えさせてやる。唾をかけ合えば、お前に水を浴びせさせてやる」と言うのだ。まったく知らないのだ、この老漢が平生、棒や喝で人を導かず、ただふだんの言葉でそうしていたことを。ただ天下の人は彼をどうすることもできない。それは彼が平生、余計なはからいを持たなかったからで、それゆえ横にも逆さにも自在に用い、逆に行くも順に行くも大自在を得たのである。今の人は理解できず、ひたすら「趙州は答えない、人のために説かない」と言う。まったく知らないのだ、目の前で取り違えていることを。
解説
この章句が説くこと
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