兵術要訓抄録 / 追いつめられた妙
實に追つめられしなり、下郎の刄するどくして、計らず跡へよりし也と答、弟子又問、聲を發して切り玉ふは、透ありてきり玉ふか、師の曰、聊も透なし、然りといへども切る所は妙也、と答へられしよし、此妙といふは我心より出るものにあらず不動心の妙なり、如此天下の達人さへ無手の下郎にあぐみしなり、又無手なればとて命を捨るときは如此、兎角武士は勇なくてはならざるものなり、是をよく考へ剛敵にあふとも恐るゝ事なく、猛火といへども飛越すの塲を決心の初として修行すべし、然るときは自然と誠の決心の塲調ふべし、併し是は過陽になれと云にはあらず臆を去て勇を固るヿなり、又勇なくして決心をしらざれば勝負にのぞむとき、敵に恐れ擊とも突とも定りなく正氣を失ひ、譬へば山中にて方角を失ひ、路に迷ひし人の如く心散亂するゆへ、百度戰ふとも勝利を得るヿならざる也、又猛火四方に滿、其中に居るときは迯ものがるべき道なし、
新字:実に追つめられしなり、下郎の刄するどくして、計らず跡へよりし也と答、弟子又問、声を発して切り玉ふは、透ありてきり玉ふか、師の曰、聊も透なし、然りといへども切る所は妙也、と答へられしよし、此妙といふは我心より出るものにあらず不動心の妙なり、如此天下の達人さへ無手の下郎にあぐみしなり、又無手なればとて命を捨るときは如此、兎角武士は勇なくてはならざるものなり、是をよく考へ剛敵にあふとも恐るゝ事なく、猛火といへども飛越すの塲を決心の初として修行すべし、然るときは自然と誠の決心の塲調ふべし、併し是は過陽になれと云にはあらず臆を去て勇を固るヿなり、又勇なくして決心をしらざれば勝負にのぞむとき、敵に恐れ撃とも突とも定りなく正気を失ひ、譬へば山中にて方角を失ひ、路に迷ひし人の如く心散乱するゆへ、百度戦ふとも勝利を得るヿならざる也、又猛火四方に満、其中に居るときは迯ものがるべき道なし、
書き下し
實に追つめられしなり、下郎の刄するどくして、計らず跡へよりし也と答、弟子又問、聲を發して切り玉ふは、透ありてきり玉ふか、師の曰、聊も透なし、然りといへども切る所は妙也、と答へられしよし、此妙といふは我心より出るものにあらず不動心の妙なり、如此天下の達人さへ無手の下郎にあぐみしなり、又無手なればとて命を捨るときは如此、兎角武士は勇なくてはならざるものなり、是をよく考へ剛敵にあふとも恐るゝ事なく、猛火といへども飛越すの塲を決心の初として修行すべし、然るときは自然と誠の決心の塲調ふべし、併し是は過陽になれと云にはあらず臆を去て勇を固るヿなり、又勇なくして決心をしらざれば勝負にのぞむとき、敵に恐れ擊とも突とも定りなく正氣を失ひ、譬へば山中にて方角を失ひ、路に迷ひし人の如く心散亂するゆへ、百度戰ふとも勝利を得るヿならざる也、又猛火四方に滿、其中に居るときは迯ものがるべき道なし、
現代語訳
本当に追いつめられたのだ。下郎の刃が鋭くて、思わず後ろへ寄ってしまったのだ、と答えました。弟子がまた、声を発してお切りになったのは、隙があってお切りになったのですか、と問うと、師は、少しも隙はなかった。しかし切ったところは妙である、と答えられたということです。この妙というのは、自分の心から出るものではなく、不動心の妙です。このように天下の達人でさえ、腕のない下郎に手を焼いたのです。腕がなくても命を捨てるときはこのとおりです。ともかく武士は勇がなくてはならないものです。これをよく考えて、手強い敵に会っても恐れることなく、猛火であっても飛び越える場を決心の初めとして修行すべきです。そうすれば自然とまことの決心の場が整うでしょう。ただし、これは過陽になれというのではなく、臆する心を去って勇を固めることです。また、勇がなく決心を知らなければ、勝負に臨むとき、敵を恐れて撃つとも突くとも定まらず、正気を失い、たとえば山中で方角を失い、道に迷った人のように心が散乱するため、百度戦っても勝利を得ることはできません。また、猛火が四方に満ち、その中にいるときは、逃げ逃れる道がありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
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『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
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『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・生を求むるは真の大勇真の名誉とは、天の命ずる所のものを成就するの謂ひなり。之れが為に招くの死は必ずや恥辱に非らず。然るに一死以て天の賦与する所を免れんとするが如きは、真に怯懦なりと云ふべし。サア・トマス・ブラウンの奇書『医道宗教』は、英語を以て我国武士道の常に教ふる所と其軌を一にせる訓戒を説破して曰く、『死を軽んずるは勇なり。されど生の死よりも恐るべきに臨んで、敢て生を求むるは真の大勇なり』と。古への名僧の諷言にも、『平生何程口巧者に云ふとも、死にたることの無き侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり』と云ひ、又た『一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の矢も透らず』と。此等の語は、蓋し吾人をして、『我が為に生命を喪ふ者は之を得べし』と云へる大工匠の建てたる殿堂の門に近邇せしむるものに非らずや。

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